2019年6月30日日曜日

東基連会報‗編集後記【令和元年7月号】


ユニセフが6月13日付けで発表した日本など41カ国の政府による2016年時点の子育て支援策に関する報告書によれば、日本は給付金など支給制度を持ち、出産休暇・育児休業期間の長さなど男性の制度で1位の評価を得たが、「実際に取得する父親が非常に少ない」との特異性とともに、日本男性の取得促進には「社会的に受け入れられるようになることが必要だが変化には時間がかかる」と指摘。日本の男性が育休を取得しない理由として①職場の人手不足②育休を取得しづらい社内の雰囲気などを挙げていることも耳が痛い。「子どもたちの脳の発達にとって、ひいては彼らの将来にとって、人生の最初の時期より重要な時期はありません」とはユニセフ事務局長ヘンリエッタ・フォア氏の言。EU議会は本年4月、両親それぞれに認められていた育休4カ月のうち、2カ月の所得補償も義務づけることを賛成多数で可決したとのこと。彼我の差を思わずにはいられない。「父の日」が「母の日」より疎んじられる昨今、将来「ぬれ落ち葉」などと揶揄されないためにも、社会全体が男性の育児参加に向けて奮起すべき時が来たのではないか。
(紅葉マーク)

2019年5月30日木曜日

東基連会報‗編集後記【令和元年6月号】

祝賀ムードの中で元号が「平成」から「令和」に改められた。上皇は天皇退位を目前に控えた4月23日、退位に関連した儀式の一つである「昭和天皇山陵に親謁の儀」を終えられた後、産業災害により殉職されたかたがたを慰霊するため建立された「高尾みころも堂」を皇后と共に訪問され、26万人余の御霊を祭る拝殿で供花されたとのこと。両陛下は皇太子ご夫妻時代からこれまでに6回訪問されているとのことであり、戦地への慰霊、地震などの被災地に慰問に行かれたのと同様、労働災害で亡くなられた方々への気遣いを忘れず、人の命を大切にするお心をありがたく思う。供花の後、労働災害による死亡者数の推移の説明を受け「ずいぶん少なくなりましたね」と感想を述べられ、死亡者数を減らすには「どういう努力が必要ですか」と質問されたとのこと。説明に当たった方がどのような回答をしたのかは、残念ながら報道されていないが、皆さんはこの御下問にどうこたえるだろうか。6月は全国安全週間の準備期間である。各社とも安全大会をはじめとして、様々な取組が行われることと思うが、陛下の御下問への答えを見出す努力もまた全国安全週間の意義であることを再確認できればと思う。
(案山子)

2019年4月30日火曜日

東基連会報‗編集後記【平成31年5月号】

最近は、少しまとまった文章を書ける人がいなくなってきたと思うのは、私一人ではないのだと思う。周りを見ればスマホにかじりつき、わずか数行のSNSに周囲への配慮もなく熱中する。米国大統領にして140字のツイッター頼りとなれば宜なるかなとも思う。私が中学・高校生だったころの学習雑誌などには、必ず「文通コーナー」があり、手紙を通して情報交換や交際の相手を求めたもの。言葉を吟味し、言い回しを推敲して思いを込め、返事を心待ちにする楽しみは今の若い人にはなくなってしまったのだろうか。森山良子のデビュー作「この広い野原いっぱい」では「この広い世界中の何もかも 一つ残らずあなたにあげる だから私に手紙を書いて」とある。手紙は廃れ、歌は残ったといったところか。思いを寄せる文通相手から届いた別離の手紙に彼我の遠きを恨めしく思った青春時代の記憶を辿るとき、「文通」も「恋文」も今や死語となり、「思いやり」の心も失せたように思う。元凶は本を読まなくなったことにあるのか。一字一句、心血を注いで綴った文章を通読。その後、解説を載せた文学雑誌を読み、さらに精読するなどは、今時、よほどの文学好きでなければしないのだろう。街の書店は次々と閉じられ、本屋に足を運び、気の向くまま拾い読みをする楽しみもなくなってしまった。もう一度若き頃に読んだ本を書棚に探すことにしたい。
(伝書鳩)

2019年3月30日土曜日

東基連会報‗編集後記【平成31年4月号】

東京労働局では、今会報「行政の窓から」にあるように、これから社会に出て働く若者が、労働契約法や労働基準法など働くルールの理解を深めることを目的に、大学や高校、専門学校で行うセミナーや講義に職員を派遣し、機会均等・キャリア教育の充実を図る活動を展開している。
一方3月に入り就職活動が本格化し、各地で会社説明会が開催されている。ニュース情報では、最近の就活は様変わりしてきているらしい。入社試験や面接での出題傾向が変わったという。例えば「東京オリンピック・パラリンピックでの開催は、社会や経済にどのような影響や課題があるか、あなたの考えを述べてください」えっ!正解は?今就活の現場ではこのように、“正解の無い時事問題”で学生に単なる知識を求めるのではなく、本人の考えや資質を測ろうとする企業が増えているという。情報が簡単に手に入り、AIで素早く処理できるようになってきている昨今、人間にはこれまで以上に“正解の無い課題”について考える力が求められている。
2019年に卒業予定の学生から募集した「就活川柳」最優秀賞は、「不合格 心もSuicaもチャージ切れ」定期外の区間へと何度も足を運び、会社の説明会や面接に何回も参加してから不合格の通知をもらうと、心にもSuicaにもチャージがなくなり萎えてしまうのだろう。売り手市場とはいえ、社会の変化に対応する若者にエールを送りたい。

4月に入り、一目で新入社員とわかる若者の姿を多く見かけるようになった。いわゆる就活の開始時期を巡っては、昨年、様々な議論があったが、(株)ディスコが本年2月に発表した「2020年卒・新卒採用に関する企業調査―採用方針調査」結果によれば、2020年3月卒業予定者の採用見込みは、前年よりも「増加」(28.0%)、「減少」(7.9%)となり、9年連続で「増加」が「減少」を上回り、採用活動のスタンスは、「学生の質より人数の確保を優先」が25.2%と、今年も4社に1社が「質より量」を優先するとのこと。先の議論が何を目的にしたものか、透けて見える、といっては言い過ぎか。1978年、オイルショック後の就職氷河期に就職した我が身に照らせば隔世の感がある。新入社員の教育はこれからが本番。「質より量」に走って採用した人材は玉石混淆だろう。採用に当たった担当者の目が確かかも問われるが、人が持つ隠れた才能を見出し、企業が必要とする人材に育て上げる技量もまた試される。才能はすぐに開花するとも限らない。採用者の「量」を確保するためのコストやエネルギーより、人を育てることの方が、それぞれの新入社員の人生そのものを左右することを考えれば、遙かに慎重であるべきだし、高いコストやエネルギーを要すると考えるのは、筆者だけではないだろう。評価の定まった在職社員の人事異動もこの時期。新たな業務に就く方も、新たな任地に赴く方も、幸い多き門出になることを祈ってやまない。
(鬼軍曹)

2019年2月28日木曜日

東基連会報‗編集後記【平成31年3月号】

旧聞になるが、昨年12月3日、「新語・流行語大賞 トップ10」が発表され、NHK番組「チコちゃんに叱られる!」のチコちゃんのきめ台詞「ボーっと生きてんじゃねーよ!」が入選した。子供から大人に発せられることを前提にしているが、この番組を見たことがない故に返ってそう感じるのか、職場の上司などからこの言葉を投げかけられたらどのように思うかが気に掛かった。大賞の発表を追うように、12月14日に開催された労働政策審議会において、職場のパワーハラスメントの防止対策について、雇用管理上の措置を講じることを法律で義務付けることやその定義、事業主が講ずべき措置の具体的内容等を示す指針を策定することが適当であるとの内容の報告書案が審議された。職場のパワーハラスメントの定義については、
ⅰ) 優越的な関係に基づく
ⅱ) 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により
ⅲ) 労働者の就業環境を害すること(身体的若しくは精神的な苦痛を与えること)
の3つの要素を満たすものとされている。「文字」が「ことば」になるとき、たとえそれが流行語であっても、発言の意図が相手を中傷することを目的とするものであれば「業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動」と言えないか。ただ、発言の「意図」を第三者が見抜くのは至難の業。子供番組の流行言葉とはいえ、異常乾燥状態の職場への恵みの雨とは程遠いのでは。
(伝書鳩)

2019年1月30日水曜日

東基連会報‗編集後記【平成31年2月号】

消費税率引き上げに伴ってキャッシュレス化も、とは財務省の目論見?IT化の進展からすれば、キャッシュレス化後進国にわが国で当然の成り行きかもしれないが、看板娘?との束の間の逢瀬を奪われると思うのは年寄りのひがみか。ともあれ、コミュニケーションの希薄化が進んでいると感じるのは筆者一人ではないだろう。京都大学総長で霊長類学者でもある山極寿一氏曰く「人間は常につながりを求め進化して来た。信頼や期待を受け、自分と他者が世界を共有し生きるのが人間であり、人の定義はそこに行き着く。」と。コミュニケーションといえば「飲み会」と言われて育った世代としては、その場もやや影が薄くなった感があるが、1次会の費用は会社もち、ただし、お店で一緒になった社員は部署を問はず杯を交わすことなどのルールを決めて復活するなどの兆しもあると仄聞する。時間的・精神的な負担、懐具合との兼ね合いもあるが、健康上の問題や翌日の仕事の効率にも響くことなど、コミュニケーションの場としての「飲み会」を復活させるには多面的な配慮が必要だろう。「朝方勤務」など、働き方改革で先陣を切り、話題の多い伊藤忠商事。同社の「働き方改革」を紹介するホームページで垣見俊之人事・総務部長は「社内の飲み会は1次会のみ10時までを徹底しています。」と「110運動」の取組を説く。良好な人間関係の構築を「働き方改革」の礎とするのならば、改革は一朝にしてならずか。
(馬酔木)

2018年12月30日日曜日

東基連会報‗編集後記【平成31年1月号】

お屠蘇の抜けきらぬ頭で今年はどんな年になるかとツラツラ考える。昨年成立した「働き方改革関連法」が4月1日から順次施行になる。関連法の遵守に向けた取組はどれも悩ましいが、規模を問わず4月1日から施行される有給休暇の付与は、取得促進に向けた取組がなされていなかっただけに難問。罰則付き時間外労働の上限規制も、中小企業には1年の猶予があるとはいえ、どの様にして規制の範囲に落とし込むかは自社の力だけでは及ばず。5年の猶予となった特例業種も、自動車運転の業務では現行通達での許容範囲が大幅に狭められ、医師についても「医師の働き方改革に関する検討会」で議論の最中で見通しがきかない。職場のパワーハラスメント防止対策も喫緊の課題であり、検討会の報告書を受け、審議会に議論の場を移す。関連法には盛り込まれていないものの、働き方改革の施策に上げられた「治療と職業生活の両立」は有為な人材確保に必須。「兼業・副業」における労働時間管理、「勤務間インターバル制度」の普及・促進。そして、関連法からは削除されてものの、検討が続けられている「裁量労働制」の適用拡大。その先には、改正民法で短期消滅時効廃止の施行は2020年に予定され、これに合わせた賃金や有給休暇請求権事項見直しの行方。考えるうちに酔いが覚める。優先順位を付けての取組と腹をくくり、儘よと正月休みを満喫。
(寝正月)

2018年11月30日金曜日

東基連会報‗編集後記【平成30年12月号】

芸能人が俳句、生け花、料理、水彩画などに挑戦し、作者が意図するところを表現するにはどの様な手を加えたら出来映えの良い作品になるか、それぞれの作品にその道の大家が専門家の立場からコメントを加え、作品(作者?)を評価するというテレビ番組が好評のようで、家内につられて視る機会が多くなった。特に「俳句」は人気があるようで、的確な修正によって作品がこうも変わるのかと感心する。一方で、作品に仕上げるまでの推敲の過程は簡略であり、視聴者にその作品を鑑賞させる間はなく、「才能あり」「凡人」「才能無し」の評価も作者の人格を一面的に評価しているようで、違和感も少なからずある。出演者はタレントであり、所詮テレビのバラエティといえばそれまでかもしれないが、「俳句」を詠むには時の流れに身を委ね、己の感性が捉えた様々な事象を昇華していく作業であり、鑑賞する側も、同様の過程を追いながらその境地を汲むものかと思う。限られた番組の時間に納めるために削り落とされた部分は、私達の日常の生活からも同じように削られ、仕事と私生活を、いつの間にか同じテンポで過ごすようになってはいないだろうか。私の母は、晩年、短歌を詠むことを唯一の楽しみにしていた。その一首は時を超えて在りし日に誘う。
「単身赴任せしと告げし子の任地 酒田というを地図にて捜す」
(浜千鳥)

2018年10月30日火曜日

東基連会報‗編集後記【平成30年11月号】

平成29年「国民健康・栄養調査」の結果が9月11日に厚生労働省から発表された。調査によると、40~49歳の年齢層では、「1日の平均睡眠時間」が「6時間未満」と回答した男性は48.5%(総数36.1%)、女性は52.4%(同42.1%)、「睡眠で休養が十分にとれていない者の割合」は男女計30.9%(同20.2%)となっており、年齢階層別で最悪。加えて「朝食の欠食率」は、さすがに20歳代には及ばないものの、これに次いで男性25.8%(総数15.0%)、女性15.3%(同10.2%)と、こちらも芳しくない。「健康日本21」を運営する公益財団法人健康・体力づくり事業財団のサイトには、「睡眠不足は、疲労感をもたらし、情緒を不安定にし、適切な判断力を鈍らせるなど、生活の質に大きく影響する。また、こころの病気の一症状としてあらわれることが多いことにも注意が必要である。近年では睡眠障害は高血圧や糖尿病の悪化要因として注目されているとともに、事故の背景に睡眠不足があることが多いことなどから社会的問題としても認識されてきている。」とある。調査の対象が労働者だけに限られたものではないとはいえ、一家を支え、我が国を支える働き盛りの40歳代のこの状況を看過するわけにはいかないのではないか。良質な睡眠は、健康を守るためのはじめの一歩であり、効率的で安全に仕事を進める上でも欠かせないことを改めて認識したい。
(時告鳥)

2018年9月30日日曜日

東基連会報‗編集後記【平成30年10月号】

働き方改革関連法のうち、高度プロフェッショナル制度を除く改正労基法関係の省令、指針が9月7日付けで示されました。(株)帝国データバンクが行った「働き方改革に対する企業の意識調査」(2018.9.14付け発表)によると、働き方改革に「取り組んでいる」が37.5%、「現在は取り組んでいないが、今後取り組む予定」が25.6%となっており、省令や指針が示され、取組に必要な情報がそろったところで、来年4月1日の施行に向け、「予定」としていた企業においても取組に弾みがつくものと想定されます。同調査によれば、取組の具体的内容については「長時間労働の是正」79.8%、「休日取得の推進」61.8%となっており、特別条項では時間外労働と休日労働が混在し、有給休暇の取得義務化も基準日が統一されていない場合には管理が極めて煩雑になることを考えると、東京労働局から「東京働き方改革推進支援センター」事業を受託・運営している当連合会としては、各企業の行動が概ね理にかなった方向に動いていることに安堵しています。これからは、働き方改革に「取り組む予定はない」とする15.1%の企業の方々に、如何に取組の必要性を理解いただくか、施行までの時間は限られており、知恵を絞り、足を運んでの活動になりそうです。
(間投詞)

2018年8月30日木曜日

東基連会報‗編集後記【平成30年9月号】

本号掲載の「平成29年度における過労死等の労災補償状況(東京労働局分)について」によれば、精神障害事案のうち業務上として支給決定されたのは108件で前年比19件の増。うち自殺事案は22件で12件の増となっている。厚生労働省が発表した同補償状況によれば、出来事別では「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」が支給決定事案の17.4%(自殺では12.2%)で最多。同様本号掲載の「個別労働紛争の解決制度に関する施行状況」でも、いじめ・嫌がらせに関する相談が5年連続トップとあり、職場への蔓延が危惧される。厚生労働省でも本年3月、「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」報告書を取りまとめ、労働政策審議会での議論・検討を経て所要の措置を講ずるとされており、早期の対応が望まれる。福井県東尋坊でパトロールを続ける元警察署副署長茂幸雄氏の記事(朝日新聞30.7.22朝刊)に「最近は、職場のパワハラで追い詰められた人が多いね。本人は『ごめんなさい』というんだ。でも、本人は悪くない。悪いのは職場の上司や、周りの人たちだ。」「職場から思いやり、愛が消えたね」とある。現場の声が耳に残る。
(百日紅)

2018年7月30日月曜日

東基連会報‗編集後記【平成30年8月号】

6月1日、最高裁は「ハマキョウレックス事件」と「長澤運輸事件」に対する判決で、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違について判断を示しました。先日参加した水町勇一郎東京大学教授のセミナーで、マスコミでは触れられていない重要な留意点を教えてもらいました。ポイントは2点。1点目は、この判決は、現行の「労働契約法第20条」に係る解釈を示したものであること。同条文は、今国会で成立した働き方改革関連法において削除され、パート・有期労働法第8条に新設される条文。この条文新設に伴って「同一労働同一賃金ガイドライン」が示されることになるが、今訴訟を提起されれば、この判決に沿った判断がなされる可能性が大きく、有期・無期労働者間における手当の相違についての見直しは喫緊の課題であること。2点目は、労基法第115条に基づく賃金債権(退職金は除く)の時効は2年であるけれど、不法行為に基づく損害賠償債権の時効は3年であること。遡及支払の期間の相違にも留意が必要とのこと。
改正民法(平成29年6月2日公布)では、賃金債権に係る1年の短期消滅時効は廃止され、5年の一般債権となる。昨年12月から「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会」で議論が開始されました。労基法第115条の対象となる請求権は有給休暇や労災補償なども含み、行方に目が離せません。
(風見鶏)

2018年6月30日土曜日

東基連会報‗編集後記【平成30年7月号】

去る6月1日に厚生労働省が「平成29年人口動態統計」を発表しました。平成29年に生まれた子供の数は前年より3万人余り少ない94万6千人と過去最少、合計特殊出生率は2年連続の低下で1.43、東京ではさらに低い1.21になったとのこと。専門家の言やマスコミの解説によれば、仕事と育児の両立支援が追いつかずとある。「平成29 年度雇用均等基本調査(速報版)」によれば、育児休業取得者の割合は、女性は83.2%、男性は5.14%。昨年当連合会が開催した村木厚子元厚生労働事務次官の講演で「私が職場にいた頃、女性が結婚したら「それはおめでとう」、「子供はいつ生まれるの」、「育休いつまで取る?保育所見つかった?」このくらい知っているのは常識、さらに「お父さん、お母さんどこに住んでるの?」、「近くにいる?手伝ってくれる?」、「旦那さん何してる人?」と必ず聞きます。私の部下に子供ができたとき「子供が熱を出したので遅れます」とか「保育所に迎えに行くので帰ります」など、部下が育休を取ることを本当に覚悟できていたのかというと、どこかで甘かったと思います。つまり、男性が子育てに関わっていくのには職場とものすごく戦っていかなければなりません。厚生労働省にしてこの状況なので、一般の民間企業では非常に厳しい。」と話されたのを思い出す。「働き方改革」、法律に魂を入れるのは、法案を通すより難しい。
(紫陽花)

2018年4月30日月曜日

東基連会報‗編集後記【平成30年5月号】

レスリング女子の伊調馨選手がパワハラ行為を受けたとされる問題は、日本レスリング協会が調査を委託した第三者の弁護士らによる調査の結果、パワハラ行為が認められるとの報告書が公表され、4月6日に開催された臨時理事会において「強化本部長の交代」のほか、報告書で提言された「選手とコーチとの間のルール作り」「セクハラ、パワハラに関する研修会の実施」などが提案、承認され、峠を一つ越えた。出席した理事等からは「私の感性からすると、これがパワーハラスメントかとあらためて認識」「わらわれの時代のパワーハラスメントの概念と今の概念は違う」などの感想と反省が述べられたとのこと。
一方、3月30日に厚生労働省から公表された「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」報告書でも、「パワーハラスメントは業務上の適正な指導との境界線が明確ではないため構成要件の明確化が難しく、構成要件を明確にしようとすると制裁の対象となる行為の範囲が限定されてしまう」などの指摘があり、議論、検討の場を労働政策審議会に持ち越した。平成28年度に労災保険で支給決定された精神障害事案は498件。うち、「(ひどい)嫌がらせ、いじめ又は暴行を受けた」事案は74件で最多となっている。各側のパワーハラスメントへの認識の隔たりは大きいが、喫緊の課題であることへの認識は共有したい。

2018年3月30日金曜日

東基連会報‗編集後記【平成30年4月号】

3月1日から大学卒用予定者の選考採用に係る広報活動が解禁となり、各地で会社説明会が開催されたとのこと。春の訪れを前に、10月1日の正式な採用内定に向けて就活は本番を迎えることになる。とはいえ、これは経団連が示す「選考採用に関する指針」でのスケジュール。経団連非加盟の上場企業や外資系の企業などでは大学3年の10月頃から選考活動が始まり、大学3年の11月頃には内定者が出るとのこと。経団連加盟の企業でも、「内々定」という正式ではない採用内定を出しているとも聞く。
楽天が運営する就活情報サイト「楽天 みん就」が募集した「就活川柳」、今年の大賞は「わがES 人工知能に 祈られる」に決まったとのこと。最近は、提出されたエントリーシート(ES)を人工知能(AI)を使って選考する企業が増えているとのこと。不採用の通知の末尾には「今後のご健闘をお祈りします」の一文が添えられており、大賞の作品はこれを詠んだとのこと。一方、「売り手市場」となった今年の各社の売りは「ホワイト企業」。「就活川柳」では「夜に鳴る 電話で残業 想像し」とある。上手の手から水が漏れたか。特別賞に選ばれた「電車賃 無言でくれた 父の愛」を読んで、息苦しい就活の中に人の温もり感じたのは私一人ではないと思うのですが、いかがでしょうか。
(春時雨)

2018年2月28日水曜日

東基連会報‗編集後記【平成30年3月号】

自殺者は減少してきたとはいえ、毎年2万人を超え、自殺死亡率(人口10万人当たりの自殺者数)は平成27年では18.9と先進諸国に比べると異常事態のそしりを免れない。(仏15.1(2013)、米13.4(2014)、独12.6(2014)、加11.3(2012)、英7.5(2013)、伊7.2(2012))本号に掲載した「自殺対策強化月間」、座間市で発生した猟奇的な殺人事件を受けて1項設け、その対策の遂行を宣言しているのは注目すべきことと思う。自殺を防止する対策は要綱に網羅されているが、自殺した以後はどうだろうか。全国自死遺族連絡会のホームページには「一人暮らしの娘がアパートで自死。焼き場に不動産業者が押しかけてきて、5年分の家賃補償(600万円)と改修費(200万円)を請求された。」「息子が夜中に縊死。救急病院へ駆けつけた遺族に、死体検案料13万7000円を即金払いで請求。支払わなければ、遺体の引き取りはできないといわれる。」といった事例が紹介されている。愛する家族を喪い呆然としているところに、こうした非情な仕打ちを受けていることも知っておく必要がある。自殺を巡って、こうした多様な側面があることを承知しているのといないのでは、その前段となるいじめや嫌がらせ、過重労働の防止への取組も自ずと熱の入れ方が違ってくるのではないか。自殺した本人や遺族の周りで何が起きているのか、今一度向き合ってみたい。
(雪割草)

2018年1月30日火曜日

東基連会報‗編集後記【平成30年2月号】

安倍総理が年頭の記者会見で「働き方改革国会」と命名した第196回通常国会が招集されました。「長時間労働の上限規制を導入し、長時間労働の慣行を断ち切る。70年に及ぶ労働基準法の歴史において、正に歴史的な大改革に挑戦する」と、その意気込みが語られ、「ワーク・ライフ・バランスの確保」にも言及しました。今国会に提出される予定の「働き方改革関連法案」の中には、平成27年4月に国会へ提出された「労働基準法等の一部を改正する法律案」も含まれ、ワーク・ライフのライフの充実を図ることを目的として「10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対し、5日について、毎年、時季を指定して与えなければならない」こととなります。さて、強制的に取らされた?有給休暇。家にゴロゴロしていれば邪魔にされる世の亭主族、どのように過ごすのでしょうか。「働き方改革」と表裏一体の関係にある「休み方改革」?について、働くもの一人ひとりが見直ししなければならなくなります。働き方改革で問われるのは企業だけではなく、働く側が会社人間から脱皮し、一人の人間として人生を実りあるものにするために、家族とともに過ごすこと、地域社会に貢献すること、趣味を充実させることなど日々の過ごし方をどう変えるのか、という視点がなければ真の改革にはならない、といっては言い過ぎでしょうか。
(老婆心)

2017年12月30日土曜日

東基連会報‗編集後記【平成30年1月号】

今年の干支は戌。株式相場では「辰巳(たつみ)天井、午(うま)尻下がり、未(ひつじ)辛抱、申酉(さるとり)騒ぐ、戌(いぬ)は笑い、亥(い)固まる、子(ね)は繁栄、丑(うし)つまずき、寅(とら)千里を走り、卯(う)跳ねる」などと言われているそうだが、はたしてどうなることか。それはともかく、戌といえば犬。我が家にも10歳になる犬がおり、傍らにいる妻への不満など、面と向かっては言い出しかねるようなことを愛犬にささやいては憂さを晴らす。夫婦二人の生活には欠くことのできない家族となっている。猟犬、警察犬、盲導犬、介助犬。人間と犬との歴史は長く、その特性を活かして様々な場面で私達を支えていてくれる。私たち夫婦にとっては、さしずめセラピードッグか。
(一財)国際セラピードッグ協会のホームページを見ると、犬種を問わないことや保護犬、特に殺処分寸前で保護され、訓練を受けてセラピードッグとなった例が多く紹介されている。人間関係が殺伐としてきているといわれて久しいが、介護施設や病院で高齢者や子供たちとふれあう犬たちを見ていると心が和む。職場の人間関係も悪化の一途をたどり、ハラスメントに係る相談はうなぎ登り。職場にも雰囲気を和ませるセラピードッグがいたらと思うが、叶わぬ夢か。
(初夢枕)

2017年11月30日木曜日

東基連会報‗編集後記【平成29年12月号】

今から40年近く前、まだ監督官として駆け出しの頃、秋の収穫を終えた農家の働き手が「出稼ぎ」に出て行く光景を、この頃になるとよく見かけました。第1次産業である農業から、第2次産業である製造業、建設業へと働きを変え、これが産業を支える調整弁になっていたのでしょう。そうした折、大手自動車メーカーが期間従業員の無契約期間を延長し、労働契約法に定める無期転換の適用を回避することができる雇用契約に改めたとの報道がありました(朝日新聞29.11.4)。加藤厚生労働大臣は記者会見で「都道府県労働局に実態把握をするように既に指示」「今回の無期転換ルールの趣旨を踏まえて適切に対応していくということが必要」と回答したとのこと。雇用の安定を期して改正された労働契約法第18条。そして今、国会提出には至っていないものの、非正規労働者の処遇改善を盛り込んだ働き方改革関連法案。その関連やポイントについては本紙「『働き方改革実行計画』を読み解く~開催される」にも記載したところです。非正規労働者の処遇改善に向けた政府の取組の本気度が試されると言っては言い過ぎでしょうか。流行語大賞2017候補30語の20位に「働き方改革」がノミネートされたとのこと。水町先生の熱い語り口を思うまでもなく、「働き方改革」を単に流行語で終わらせるにはいかないと思うのですが・・
(望遠鏡)

2017年10月30日月曜日

東基連会報‗編集後記【平成29年11月号】

秋の臨時国会で審議が予定されていた「働き方改革」は、開会冒頭での解散で先送りとなりました。一方、過重労働問題を国民的課題へと認識させる原動力となった電通事件は、社会的な影響を配慮して略式起訴から東京簡易裁判所での公判へと審理の場を移し、法人に対して罰金50万円の判決を言い渡し結審しました。裁判官は「業績との兼ね合いで働き方改革がきちんと遂行されるか疑問に思う方もいるだろう。日本、そして業界を代表する企業として立場に相応した社会的役割を果たしてもらいたい」と説諭したとのこと。新国立競技場建設に関わっていた建設会社の現場監督が失踪後自殺、新潟市民病院の研修医が過労自殺、NHK記者の過労死が発表されるなど、日本を代表する職場で起きたこうした事件は労働の現場で起きている事態の深刻さ、根深さを象徴しており、判示された説諭が重く響きます。「平成29年版 過労死等防止対策白書」では『労働時間を正確に把握すること』及び『残業手当を全額支給すること』が、「残業時間の減少」、「年休取得日数の増加」、「メンタ ルヘルスの状態の良好化」に資すると分析。方や、本紙で紹介した「平成28年就労条件総合調査」で「有給休暇の取得率」は48.7%、紐解くに平成7年には55.2%。本紙が届くころは国会の陣容も定まっているでしょう。「働き方改革」の議論が一層深まることを強く願うばかりです。
(風来坊)

2017年9月30日土曜日

東基連会報‗編集後記【平成29年10月号】

9月8日に行われた東京衛生管理者協議会の研修会に際し、事前にアンケートで「衛生管理者の実務や衛生委員会の運営に関して苦慮していること」などをお聞きしたところ、「定例の委員会は安全と合同で行っており、衛生に関することはとても少ないです」「現場社員に対する衛生問題指導方法に苦慮しています」「衛生管理者の意見より課長、所長の考えが優先されることもあり、なかなか衛生環境の整備が進まない」といった意見が寄せられました。
最近はメンタルヘルス対策に重点が置かれていますが、一口でメンタルヘルス対策といっても、パワハラ、長時間労働、ストレスチェックの実施とその結果に基づく職場環境の改善など、裾野が広く、その担当も安全衛生部署に止まらず人事総務の協力無くして実行は不可能でしょう。
本年6月6日、労働政策審議会は「働き方改革実行計画を踏まえた今後の産業医・産業保健機能の強化について」を建議、法制化に向けた動きが加速しており、各事業場の担当部署やそのスタッフが担うべき役割は一層重きを増してきます。政策が意図する成果を得るには、関係部署、本社と出先機関などのベクトルを合わせ、一丸となった取組が必要で、これを実現するには経営トップの強い意志が何よりも不可欠といえるでしょう。折しも全国労働衛生週間、悩み多き真面目な担当スタッフの声に耳を傾けては如何でしょうか。
(風見鶏)

東基連会報‗編集後記【平成29年9月号】

個別労働紛争の解決制度に関する施行状況が発表され相談、助言・指導、あっせんのいずれにおいても、いじめ・嫌がらせに関するものが4年連続トップとなり、特に、助言・指導においては43.8%増加したとのこと。また、連合「なんでも労働相談ダイヤル」2017年6月分の集計(相談件数1,845件、7月21日発表)でも、「セクハラ・パワハラ・嫌がらせ」が20%と最も多かったとのこと。
一方、6月30日に厚生労働省が発表した「平成28年度 過労死等の労災補償状況」の精神障害の出来事別支給件数を見ると、支給決定された498件のうち、「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」が74件(14.9%)と「出来事の類型」のうちで最も多く、看過できない被害が生じています。
こうした事情を背景として、昨年12月26日に長時間労働削減推進本部が決定した「『過労死等ゼロ』緊急対策」においても、複数の精神障害の労災認定があった場合には企業本社に対してパワハラ対策も含め個別指導を行うことや、メンタルヘルス対策に係る企業や事業場への個別指導等の際に「パワハラ対策導入マニュアル」等を活用し、パワハラ対策の必要性、予防・解決のために必要な取組等も含め指導を行うことなど、取組の強化を図っています。貴社のハラスメント対策、十分機能していますか?
(風見鶏)

2017年7月30日日曜日

東基連会報‗編集後記【平成29年8月号】

7月7日の新聞各紙では、広告大手電通の労働基準法違反事件で、東京地方検察庁が法人を略式起訴し、過労自殺した新入社員の上司については不起訴(起訴猶予)としたことを一斉に報じました。これで一件落着かと思いきや、13日の各紙では、多くが1面トップで東京簡易裁判所が略式不相当の判断をしたと報じ、事件は公判での審理に移ることとなりました。予想外の展開に、将来ある新入社員を死に至らしめた長時間労働等に対する社会の厳しい評価を改めて感じます。
本誌でも「平成28年度における過労死等の労災補償状況(東京労働局分)について」を掲載したところですが、脳・心臓疾患、精神障害事案ともに、この3年間増加を続けており、先の電通事件で問われた長時間労働に対する社会全体の取組が、労災補償状況に反映してくるのは何時のことなのか、安閑とはしていられない気分にさせられます。
働き方改革実行計画において示された時間外労働の上限規制の法制化が急テンポで進められている中、各企業においても長時間労働の抑制・過重労働による健康障害防止への取組は、もう猶予無しの状況に来ているように思われますが、如何でしょうか。
(向日葵)

2017年6月30日金曜日

東基連会報‗編集後記【平成29年7月号】

個人タクシーを営む高山邦男さんが出版した歌集「インソムニア」が日本歌人クラブ新人賞と、ながらみ書房出版賞を受賞したとの新聞報道(平成29年5月15日、朝日新聞朝刊)があり、詠まれた歌が紹介されていました。
縁ありて品川駅まで客とゆく
第一京浜夜景となりて
わが仕事この酔ひし人を安全に
送り届けて忘れられること
何時間続けるのだらう歩行者を
誘導してゐる娘明るし
乗車した客や車窓越しにふと眼にとまった働く人の様を謳った歌には、被写体となった人への限りない優しい思いやりとどこまでも控えめな詠み人を感じます。平成3年4月から2年余りをかけて建設された福岡ドームの職長会が工事関係者の手記や歌などを取りまとめた文集「童夢」には
中一の我娘のセーラー服姿
二ヶ月遅れて見る我れ悲し
洗わずにそのまま吊るす黒シャツの
汗の塩地図幽かなりけり
という歌が載っています。いずれにも働く人の優しいまなざしを感じるのですが、いかがでしょう。
(金糸雀)

2017年5月30日火曜日

東基連会報‗編集後記【平成29年6月号】

大手広告代理店が労使協定で定めた上限を超える時間外労働をさせていたとする労働基準法違反被疑事件は、自殺した新入社員の上司が昨年末に東京地検に送致されたのに続き、4月25日に本社支社で4名の管理者と法人が検察庁に送致され、労働局での捜査は終結と報道されました。本社、中部支社、関西支社、京都支社に対して強制捜査が行われ、その行方が注目されていたところでしたが、時間外労働を命じた認識を取ることの困難性に阻まれ、捜査の範囲を絞った結果のようです。検察関係者が「かとくの捜査能力はまだ未熟なのに、過大な期待を背負わされた。3歳児が象に立ち向かうような捜査だった」との記事(4月26日、朝日新聞)が強く印象に残っていますが、こうした司法処分とは別に、是正勧告などによる指導によって多額の未払い残業代が支払われたとの記事も目につくようになりました。関西電力のホームページには是正勧告などを受けて行った調査の詳細が掲載され、その末尾には「今回の調査結果を真摯に受け止め、今後も引き続き、「働き方」改革と健康経営に不退転の決意で取り組み、「人を大切にする経営」を実践し、従業員が健康で、活き活きと活躍できる職場環境を実現してまいります。」とのコメントを載せています。司法処分か行政指導か、評価は様々でしょうが、社会の目の厳しさが伝わってくるように思います。
(二刀流)

2017年4月30日日曜日

東基連会報‗編集後記【平成29年5月号】

4月は本社で新人研修が行われるためか、通勤時間帯の電車が混雑を極め、慣れない生活に体調管理がままならず車内で具合が悪くなる方も増えるような気がします。薹が立ったサラリーマンにとっては時計を見ては電車の遅れにため息をつき、「ヒヨコ共がしようがないな」などと自分にもそうした時代があったことを棚に挙げて呪う始末。
ある会社では、新人が配属される部署の社員に次の質問に回答させているとのこと。①新人の時に先輩からされて嫌だったことを3つ以上書いてください。例えば、同じことを何度も聞いて嫌な顔をされたなど。②「新人の時に先輩にされて嬉しかったこと。例えば、出社して挨拶したとき「おはよう」とにっこりしてくれた。「字がきれいだね」と褒められたなど。③自分が新人に何をしてあげられるか3つ以上書いてください。④自分が新人に何をしないであげられるか3つ以上書いてください。ほんのちょっとしたことでも構いません。仕事上のことでも、仕事以外のことでも構いません。必ず3つは書いてください。
何気ない取組ではあるものの、新しい環境で戸惑うことばかりだった新人時代を思い起こし、迎え入れる新人にどのように接するのか、気づきの効果は期待できるように思うのですが、いかがでしょう。
(老婆心)

2017年3月30日木曜日

東基連会報‗編集後記【平成29年4月号】

「働き方改革」の議論が活発になってきており、とりわけ注目されているのが時間外労働の上限規制。繁忙期など特定の期間に業務が集中する場合の「月100時間」を巡って労使の駆け引きが続いている(今号が届く頃には決着を見ていると思いますが…)。こうした中、宅配便最大手のヤマト運輸は、今春闘で労働組合から要求のあった「荷物の取扱量の抑制」に関して、現行六つに区分されている「配達指定時間」について見直しを図り、ドライバーの負担軽減につなげる意向を示した。百貨店業界では、 株式会社三越伊勢丹ホールディングス傘下の店舗が元旦に加え2日も休業とし、2月についても各週で休業日とする店舗を設けるとのこと。利用者から見れば、いずれもこれまでの利便性は下がる。3月号でご紹介した「時間外規制に関する検討会」論点整理でも「過当競争の中で、顧客の要望に対し、際限なくサービスを提供してきた結果、 “翌日配送”や“24時間対応”が消費者にとって当たり前のものになってしまい、長時間労働を招いている実態もある。過度のサービス要求を控えることが、長時間労働の是正につながり、働く人の健康と幸せにつながることを喚起し、国民全体の意識改革を促すことも重要である。」としている。規制もさることながら、利便性の追求に棹さす意識改革こそ、家庭人の半面を持つ私たちに必要なのではないだろうか。
(一徹者)

2017年2月28日火曜日

東基連会報‗編集後記【平成29年3月号】

アイドルグループ「市立恵比寿中学」のメンバー松野莉奈さん、18歳での訃報。芸能界にはとんと疎い輩なので、人気の程も承知していないものの、こうした記事が新聞の一角を占めるところを見れば日々のスケジュールも相当なものと推測するところ。体調不良で休んでいたところ、早朝に様態が急変して死に至ったなどと聞くと、よもや過労死では、などと思うのはまんざら仕事柄だけとも思えないのですが、深読みのし過ぎでしょうか。
年度も終わりに近づき、保育所への入所の可否を知らせる通知が届けられる時期。昨年は「保育所落ちた日本死ね!!!」が国会で取り上げられ、待機児童ゼロへの大きな推進力となったのも記憶に新しいところ。今年もSNSに保育所に入所できなかった人たちの切実な書き込みがあふれているとの報道。方や米国ではトランプ新大統領のツイッターに世界中が注目し、米国のみならず各国の政治経済を揺り動かす毎日。ほんの僅かなつぶやきがある日突然炎上し、社運を左右するとなれども、これといった施しようもなく、日々のコミュニケーションを頼りに火消しに走る毎日。さて御社では如何に。
(昔気質)

2017年1月30日月曜日

東基連会報‗編集後記【平成29年2月号】

旧聞に属する話になりますが、昨年末の大手広告代理店に続き、本年1月には神奈川労働局が大手電機メーカーを過重労働により精神障害を発症したことを端緒として書類送検しました。いずれも労働基準法第36条に基づく労使協定(通称「36協定」)で定めた時間外労働の上限を超えて労働させたというものですが、平成26年に被疑条文である労働基準法第32条で送検したのは39件(労働基準監督年報)、一方、平成26年度に精神障害で業務上と認められた事案は497件あり、うち時間外労働時間数(1か月平均)が100時間以上の事案は174件、160時間以上というのが67件、精神障害事案のうち自殺事案は99件で、同様に100時間以上の事案は50件、160時間以上が26件もあり、おそらくこれらの事案は36協定を超えて労働していたことが疑われます。36協定を超えて労働させただけであれば形式犯ですむかもしれませんが、労働時間が精神障害や脳・心臓疾患発症に強い因果関係を持つとされ、業務上外の主要な判断要素であることから、36協定を超えて労働させたことによって自殺や精神障害という被害が現実のものとなれば、長時間労働を原因とする明らかな労働災害。マスコミが関心を持つ大手ばかりではなくとも、こうした労働災害を発生させた事業場に司法処分がなされるケースが増えてくるように思われますが、行政当局や如何に…
(風見鶏)

2016年12月28日水曜日

東基連会報‗編集後記【平成29年1月号】

毎年、年末年始の休みには買いためた本を読破しようと思いつつ、年末には買い物や掃除に追われ、年が明けるとついついお酒に手が出て、本は手にしたものの、その場でうたた寝と相成り、宿願を果たせないまま出勤の日を迎えるという次第。旧聞に属しますが、昨年の2月に全国大学生活協同組合連合会が発表した「第51回学生生活実態調査の概要報告」によれば、回答した大学生の1日の読書時間は平均28.8分、読書時間「0」はといえば、平成24年には34.5%であったものが、45.2%まで増加しているとのこと。方や、1日のスマートフォン利用時間の平均は155.9分と聞くと、「今どきの大学生は・・・」などと説教めいた言葉を口にしたくなりますが、年末年始の体たらくを顧みれば、他人のことを言えた義理ではないと出かかった言葉を飲み込むのは、私だけではないと思いたいところです。最近ではインターネットで本を注文すると、数日のうちに自宅まで配達されるようになり、その手軽さにつられて新聞の書評だけをたよりに注文して後悔することもしばしば。そのせいもあってか、平成11年には2万2千店を超えていた書店数は、平成27年には1万4千店を割り込むほどに減ってしまったとのこと。今年は書店に足を運び、見知らぬ本との出会いを楽しみに、後悔せぬようにじっくり品定めをしてと思っています。
(寝正月)

2016年11月30日水曜日

東基連会報‗編集雑感【平成28年12月号】

本年9月に電通の新入社員の自殺が業務上災害と認められた事件は、長時間労働の是正を柱とする働き方改革の議論が緒に就いたばかりということ、また、平成3年に自殺した社員の損害賠償事件については最高裁まで争い、電通が敗訴した経緯があり、さらに今回の事件を受けて労働局が本社と3支社を強制捜査するに至ったことなどにより、マスコミでも繰り返し取り上げられ、大きな反響を呼んでいます。最高裁での敗訴を受け、一度は労働環境の改善を誓ったにもかかわらず、その後の監督署による再三の是正勧告によっても改められることのなかったのは会社の気質、社風によるものなのでしょうか。そして、こうした気質、社風は電通に限ったものなのでしょうか。
住友商事元常務・鈴木朗夫氏の評伝「逆命利君」(佐高信著。1989年12月、講談社刊)にこんな一節があります。
「当時、個人的に親しくしていた欧州共同体の役員に招かれて夕食を共にしたときのことである。落日の遅い夏の日の夕食を始めたのは午後十時半をまわっていた。たまたま、レストランの真向かいに日本の某大手企業のオフィスがあり、あたりのビルのオフィスはみんな退社して真っ暗なのに、そのオフィスだけが煌々と明かりをつけ、かなりの数の日本人社員が忙しそうに働いているのが見えた。
それを指差しながら、その役員は次のように鈴木に問いかけた。
『われわれヨーロッパ人には一定の生活のパターンがあり、それは“市民”として果すべき義務にしたがって構成されている。すなわち市民たるものは三つの義務を応分に果たさねばならない。
一つは、職業人としての義務であり、それぞれの職業において契約上の責任を果すことである。二つは家庭人としての義務であり、職業人としての義務を遂行したあとは家庭に帰って妻子と共に円満にして心豊かな家庭生活を営み、子女を訓育すること。三つには、それぞれの個人として地域社会(コミュニティ)と国家に奉仕する義務である。
これら三つの義務をバランスよく果さないと、われわれは“市民”としての資格を失う。
ところが、真向かいのオフィスで働いているあの人たちは、どう見ても一つの義務しか果たしていないように見える。あの人たちは妻子、家庭をかえりみず、コミュニティに対する義務を放棄し、仕事だけに生活を捧げているのではないか。
ヨーロッパにも、市民としての義務を一部免除された人たちがいる。軍人と警察官と囚人である。しかし、あの人たちは、囚人ではあり得ない。警察官でもない筈だ。とすれば最も近いのは軍人であり、彼らが属する組織は軍隊に似たものであるに相違ない。
われわれは先にいった三つの義務を応分に果しながら通常の生活を営む市民である、彼らは仕事のみに全生活を捧げる一種の軍人である。われわれが家庭人としての義務を果している間にも、教会へ行っている間にも、彼らはひたすら働いている。彼らはヨーロッパに来てヨーロッパのルールを無視しているが、これはアンフェアだと思う。
軍隊と市民が戦ったら軍隊が勝つことは明らかである。このような競争はアンフェアであり、アンフェアな競争の結果としての勝敗もアンフェアだと思うがどうか』
同感するところの多い鈴木は反論できなかった。日本人が“勤勉のモノカルチャ”の中に囲い込まれ、彼らから、会社もしくは仕事を取り上げたら何も残らないという会社人間、仕事人間になってしまったという状況は戦後四十年余り経ったいまも改善されていない。」
問題の本質が「滅私奉公」といった日本人の勤労観にあるとしたら、法規制を強化してもどこかに抜け道を捜し、繰り返される悲劇に終止符を打つことは難しいように思えます。引用した「逆命利君」とは、漢の劉向が編纂した「説苑」にある言葉で「命に逆らいて君を利する、之を忠と謂う」を略したものとの注釈がついています。長時間労働を命じられてもこれに逆らい、効率的な働き方によって会社の利益を上げる、と穿った読み方をしても、現実を見ると虚しさが残ります。私達が“市民としての資格”を得るための働き方改革、意識改革の道のりはまだまだ先が長く、不断の取組と検証が求められていると思うのですが、いかがでしょうか。
(羅針盤)

2016年10月1日土曜日

東基連会報‗編集後記【平成28年11月号】

やや旧聞に属しますが、日本経済新聞社がまとめた2016年の「人を活かす会社」調査が10月3日に公表されました。(詳報は10月3日付日経産業新聞)雇用・キャリア、ダイバーシティ経営、育児・介護、職場環境・コミュニケーションの各項目について計48の設問に答える企業調査と、企業調査の設問に対応した計71の設問について重視度をインターネットを通じて労働者に問うビジネスパーソン調査から構成されています。ビジネスパーソン調査で「人を活かす会社」の条件として「非常に重視する」項目として上位に挙がったのは、1位が「休暇の取りやすさ」、2位が「労働時間の適正さ」、3位が「メンタル不調者の少なさ」と続いています。逆読みすると、休みたいと思ってもなかなか休めず、労働時間は長く、ストレスがたまっているということでしょうか。一方、経団連が企業会員と地方別経済団体会員企業を対象に行った「2016ワークライフバランスへの取組み状況」のアンケート調査では、「働き方・休み方改革に向けた意識啓発・取組み」「長時間労働の削減・年次有給休暇の取得促進」「仕事と介護の両立支援」などについて243社の事例を紹介しており、独創的な取組が目を引きます。事例は経団連のホームページで閲覧することができ、「人を活かす会社」に向けこうした事例を紐解くのも一案かと思うのですが、いかがでしょうか。
  
(風見鶏)

2006年3月1日水曜日

途絶えた無災害記録

平成17年の花巻署管内の休業4日以上の労働災害は395件と平成16年より18.3%の大幅な増加となった(平成18年1月末現在)。この中には何年もの間職場の安全に真摯に取り組み、幾多の無災害記録を樹立してきた事業場もあり、懸命な努力を重ねてきた担当者の方の落胆の声が陰ながら聞こえてくる。

トヨタ方式

先般、トヨタ自動車代表取締役副社長の張富士夫氏が岩手県職員を対象に「トヨタ生産方式の考え方と進め方」と題して講演したとの記事がマスコミで紹介された(18.2.8岩手日報、岩手日日)。張氏は「働いている人間に考えさせる『人間尊重』が大事だ」と強調し、「人間と動物の違いは考えることにある。何も考えないで言われた通りにやるというのは人間性を尊重していないことになる。一人一人が参加し、きちんと評価されること、役割を果たさせることなどの環境をつくれば、みんな生き生きと働ける」とした上で「うまく仕事ができる環境を整えるが管理監督者の役割」と語ったとのことである。
講演の要点のみを紹介した記事からは測りがたいが、各界で活躍する経営者のインタビューをまとめた「人間発見 私の経営哲学」(日本経済新聞社編、日経ビジネス人文庫)で張氏はカンバン方式などトヨタの生産方式を確立した大野耐一氏の逸話を次のように語っている。
大野さんは怖い顔をして「例えばこうやる」と説明するから、こっちもそうかとまねををすると「なぜわしの言う通りにやった」と雷が落ちる。「わしの言う通りにやるやつはバカで、やらんやつはもっとバカ。もっとうまくやるやつが利口」という。これはつらかったね。ある課長が「できない」といった時、大野さんは烈火のごとく怒った。その理由が「お前には多くの部下がいる。人間は真剣になれば、どれくらい知恵がでるかわからん。なのに部下の知恵を全く無視して、できませんとは何事だ」というものだった。大野さんは、一人一人対等に見ていた。人間の知恵は限りない。だから追い詰めて、本当に困らせて、いい知恵を出させる。仕事だけでなく、人生観も教わった。
記事にはならなかったが、そんなことも話されたのではないだろうか。

アンドン方式

トヨタの生産方式といえばカンバン方式があまりにも有名であるが、張氏は次のようなことも語っている。(前出)
トヨタの生産方式がはじまったのは終戦直後。昭和25年の大争議の時には「大野ラインをつぶせ」と組合が騒いだそうです。ただ、在庫のないカンバン方式とか、ライン停止のアンドン方式がまだ入り乱れていた。モデルがないどころか、大学の先生たちはトヨタが効率化理論に反することをやり始めたと批判する雰囲気だった。
例えば、ライン停止。三百人の組み立てラインで一人がミスをしたら停止し二百九十九人が遊び、他の機械も止まる。こんな非効率はないという批判です。ところが、欠品をどんどん流す方が非効率なんです。高性能の機械で、部品を大量生産しても、他の工程が遅ければ無駄な在庫の山ができるだけです。大量生産や自動化は効率的に見えるが、大野さんの言う「皆が汗をかけば書くほど会社が貧乏になって、やがてつぶれる」と無意味な努力になる。トヨタ方式は人間のやる気も入っていて、勉強しがいがあった。
マンツーマンで伝授したいたトヨタ方式を理論化して本にしろということになった。1970年代の石油ショック後、部品メーカーにも導入が始まったことも背景にあった。仲間と何冊か本にしたが、後に米国工場を稼働させるときに役に立った。英語版で米国にも普及していましたからね。無論、本だけ読んでも理解できない。結局、ラインを止めてトラブルの原因をたどっていき、「なぜだ、なぜだ」を何回も繰り返し、真の原因を探り、再発防止を考える。全てに現場の人の知恵が必要。なるべく金をかけないでやるのがトヨタ流なんですね。

安全の秘訣

張氏はいかに効率的な生産をするかという観点から話されているのだとは思うが、安全もまた同様であると思う。無事故組織の安全担当者へのヒアリングなどを取りまとめた「安全の秘訣とは何か?~無事故組織に学ぶ~」((株)社会安全研究所刊)に「安全という観点から評価するのではなく、個々の工場の収益性という面から評価すればよいと思う。たとえば、トラブルで安定操業できなかったら、生産量が未達になり、事業の採算面の数値目標が達成できない。他にもトラブルが発生すれば、修繕費用として余分な予算が必要になる。そういう風に、安全に操業できるかどうかは、工場のパフォーマンスの数値として必ず出てくる」との現場からの発言があるが、安全と生産が表裏一体の関係にあることを言っているのだと思う。
さらにこんな発言もある。「人間らしいんですよ。規則どおりにやっているわけじゃなくて、みんなが工夫しながら”俺たちが”という第一人称で安全をやっているんです。」「”一人称”の安全は、外から見てもわからないんですね。三人称的な安全は、マニュアルがビシッと整っていたりして、外から見てもわかるんです。」
張氏の講演は、残念ながら聞くことはできなかったが、その語録を辿っていくと、安全衛生活動を進めていく上で貴重な示唆を得ることができたように思う。「安全衛生活動」は生産を営む上でひとつの歯車かもしれないが、この歯車なくして企業の存立もないことを教えているように思う。
無災害の記録が途絶え、落胆している安全担当者の方もおられることと思うが、労働災害はあってはならないものではあるが、なくて当然のものではない。安全に対する謙虚な姿勢を失わず、災いを教訓としてさらなる奮起を願ってやまない。
平成18年3月1日
花巻労働基準監督署長時代
滝澤 成

事故のいきさつ

コンベアのローラーに片腕を巻き込まれ、休業見込み3ヵ月の災害が発生したとの報告を受け、発生状況の調査のため会社に伺った。従業員二十余名のその会社は県内に数店を構える花屋さんで、事故があったのは花束を作る加工場だった。社長さんはあいにく不在であったが、事務の方に案内してもらい、一緒に作業をしていた同僚の方から話を聞くことができた。
加工場の脇に事故のあった長さ10メートルほどのコンベアが置かれていた。花束にする花数本をポリエチレンのフィルムに入れ、コンベアに取り付けられた投入口に入れると、枝の根元が切りそろえられ、根元のところがゴムひもで結束されてお店で見かける花束となって出てくる仕組になっていた。
同僚の方によれば、「彼女はコンベアの最後のところにいて、できあがった花束を整理していたんですよ。そしたらコンベアのどこかで変な音がするっていうんで覗き込んだの。その時にヒョッとコンベアのローラーのところに手を載せてしまって。ゴム手袋してたもんだからアッという間に腕まで巻き込まれてしまって。ここの所をチョッと触れば機械は止まるのに、とっさの時にはできないもんだね。」と言って、結束用に送り出されたゴムひもをチョンと触って機械を止めて見せてくれた。

社長の心情

後日、改めて社長にお目にかかった。「お世話をおかけします」と言って、事故の様子を話し終えると「見舞いにいったら面倒かけてすまない、すまないって謝られるんだけど、すまないのはこっちの方で、ひどいけがさせてしまって。機械のこと思い出すと急に恐ろしくなるんだって言うし。事故の後、こんなことなら商売やめようと思ってね。売上もオイルショックのときより酷い。もう少し我慢すれば、もう少し我慢すればって頑張ってきたんだけどね。みんなにもやめたいって話したのさ。そしたら、社長、そんなこと言わないでもう少しやってみようよっていうんで続けてるんだけど、つらいね…。元通りの体に戻ってくれればいいんだけど。」と、しみじみと話してくれた。
労働災害は、けがをされた本人の心身に大きな傷を残すだけでなく、その仕事をさせていた経営者の方にも大きな痛手を与える。まして、親のことから子供、孫に至るまで知り尽くしているような家族同然の付き合いをしている小規模の会社であればその思いは一層強くなるだろう。

395件の災害

平成17年に当署管内で発生した休業4日以上の労働災害は395件(平成18年1月末日現在)と、前年に比べ18%も増加してしまい、改めて自分達の非力を痛感する。このうち事業場規模が50人以下の事業場で発生した災害が291件と7割以上を占めている。先の花店の社長のような思いが交錯した例がどの位あるかは量り知るすべもないが、少なからぬ経営者の方々が同じ思いを抱いたであろうことは想像に難くない。長らく労働災害を発生させることなく過してくると、それが当たり前の事になり、あたかも水か空気のように思えてくる。労働災害はあってはならないものではあるが、なくて当たりまえのものではない。そのことがなかなか理解されず、歯がゆく思われる。

事故の対応

プレス加工をしておられる社長さんとお会いする機会があった。花店の社長さんの話をすると、「うちでもプレスで指を潰す事故があってね、女性だったんだけど、事故にあったときの叫び声が忘れられなくて。その時は本当にもう仕事やめようと思いましたよ。従業員にその話をしたら、自分達も頑張るから続けたいってね、同じように言われました。それからプレスの安全装置の鍵は全部抜いて自分が管理するようにしたんです。従業員ももう事故は出せない、出したら今度こそ社長は会社を閉鎖するって思ってるから、みんな自分の言うことを聞いてくれました。KYやって、作業標準を作って、指差呼称も指示しました。KYは長続きしなかったけど、色々やっているうちに自分達にあったやり方がだんだん見えてきてね。一度は辞めようって思ったけど、『失敗の後始末ができない者は立ち直れない』っていう気になってきて。今は従業員の安全に対する意識も高くなってきたように思います。それに、事故にあった女性も職場に復帰してますから、安全に対する緊張感は緩んでいないと思います。」と話してくれた。
労働災害が発生してしまったことは非常に残念なことに違いはない。しかし、安全を考えるためにはまたとない機会と捉えなおすことが肝要だ。何が危険なのかが認識できる貴重な体験であり、それを伸ばしていくことが安全力を高めていくことになる。ヒヤリ・ハット(最近ではこれに「気がかり」を加えてHHK運動と称しているところもあるそうだが)やKY活動などは、この危険を認識する力を向上させるための訓練になる。何からやらなければならないということではない。どこからでもよい、まず何かを始めてみることだ。糸口が見つかれば道はおのずと見えてくる。安全に奇策や王道はない。こうした活動を、こつこつと地道に継続することが安全への近道になる。
しかし、監督署への報告に「作業者の不注意で…」とか「作業者のミスで…」といった記述も、依然、散見される。責任の追及のみに終始した報告と感ぜざるを得ないのだが。事故には通常一つの原因で発生することはない。「なぜだ、なぜだ」を繰返し、複合する要因を解明していこうとする態度を欠いてはならないと思う。責任の所在を作業者に押し付けるような対応は、貴重な災害体験を活かしておらず、危険の要因を放置してさらに重篤な災害を発生させる温床となるものとして厳に戒めなければならないと思うのだが。
永遠に無災害でいることは現実には不可能なことと思う。しかし、死亡災害は出さない、障害の残る事故は起こさないというふうに事故のポテンシャルを下げることは現実可能な目標になりうると思う。災害を悔いるばかりではなく、新たな無災害への第一歩とし、大いに奮起されることを願ってやまない。
平成18年3月1日
花巻労働基準監督署長時代
滝澤 成

2006年2月1日水曜日

熟年離婚

昨年の12月8日が最終回となったテレビドラマ「熟年離婚」は、かなりの高視聴率だったとのこと。私もチャンネル権を持つ家内につられて最終回まで見ることとなった。話は、父親である豊原幸太郎(渡哲也)の定年退職を家族が揃って祝う晩餐の席で、妻洋子(松坂慶子)が仕事一途で家族をも顧みない夫の
生き方について行くことができず、自分の人生を取り戻すのだとして離婚を申し出るところから始まる。未婚のまま妊娠してしまった末娘、離婚し子どものいる女性と結婚の決意をしている長男、夫の浮気で離婚の窮地に立たされた長女。家族というだけで固い絆に結ばれていると思っていた父親には全く思いもよらぬ家族のありように愕然とするものの、仕事にばかり熱中していたがゆえに子供達の現在の境遇さえ知らずにいたことに深く思いを至らせ、自分の離婚を契機として家族一人一人と正面から向き合い、その思いを理解していく中で、解決の糸口を見出し、改めて家族のあるべき姿を認識していく様子は、離婚がかけ離れた世界の出来事ではなく、また、仕事に持てる時間の大半を費やす現代人にとってはいやがうえにも我が身に置き換えて見入ってしまう巧みさがあった。

市民として果すべき義務

昭和62年に56歳で夭逝した住友商事常務取締役鈴木朗夫の評伝「逆命利君」(佐高信著。講談社刊)にこんな一説がある。
「当時、個人的に親しくしていた欧州共同体の役員に招かれて夕食を共にしたときのことである。
落日の遅い夏の日の夕食を始めたのは午後十時半をまわっていた。たまたま、レストランの真向かいに日本の某大手企業のオフィスがあり、あたりのビルのオフィスはみんな退社して真っ暗なのに、そのオフィスだけが煌々と明かりをつけ、かなりの数の日本人社員が忙しそうに働いているのが見えた。
それを指差しながら、その役員は次のように鈴木に問いかけた。
『われわれヨーロッパ人には一定の生活のパターンがあり、それは“市民”として果すべき義務にしたがって構成されている。すなわち市民たるものは三つの義務を応分に果たさねばならない。
一つは、職業人としての義務であり、それぞれの職業において契約上の責任を果すことである。二つは家庭人としての義務であり、職業人としての義務を遂行したあとは家庭に帰って妻子と共に円満にして心豊かな家庭生活を営み、子女を訓育すること。三つには、それぞれの個人として地域社会(コミュニティ)と国家に奉仕する義務である。
これら三つの義務をバランスよく果さないと、われわれは“市民”としての資格を失う。
ところが、真向かいのオフィスで働いているあの人たちは、どう見ても一つの義務しか果たしていないように見える。あの人たちは妻子、家庭をかえりみず、コミュニティに対する義務を放棄し、仕事だけに生活を捧げているのではないか。
ヨーロッパにも、市民としての義務を一部免除された人たちがいる。軍人と警察官と囚人である。しかし、あの人たちは、囚人ではあり得ない。警察官でもない筈だ。とすれば最も近いのは軍人であり、彼らが属する組織は軍隊に似たものであるに相違ない。
われわれは先にいった三つの義務を応分に果しながら通常の生活を営む市民である、彼らは仕事のみに全生活を捧げる一種の軍人である。われわれが家庭人としての義務を果している間にも、教会へ行っている間にも、彼らはひたすら働いている。彼らはヨーロッパに来てヨーロッパのルールを無視しているが、これはアンフェアだと思う。
軍隊と市民が戦ったら軍隊が勝つことは明らかである。このような競争はアンフェアであり、アンフェアな競争の結果としての勝敗もアンフェアだと思うがどうか』
同感するところの多い鈴木は反論できなかった。日本人が“勤勉のモノカルチャ”の中に囲い込まれ、彼らから、会社もしくは仕事を取り上げたら何も残らないという会社人間、仕事人間になってしまったという状況は戦後四十年余り経ったいまも改善されていない。」
先進諸国の人々が日本人の働き振りをどのように見ているかということもさることながら、「市民として果すべき義務」を怠った結果が「熟年離婚」の因果に思われてならない。

ワーク・ライフ・バランス

「亭主元気で留守がいい」などと詠まれ、定年退職すれば「濡れ落ち葉」だの「わしも族」などと揶揄され、挙句の果てに「熟年離婚」では余りにも悲しい、と思うのはやはり「家庭人」としての義務を理解していない証拠であろうか。
昨年、流行語にこそならなかったが「ワーク・ライフ・バランス」という言葉を新聞紙上などで見かけるようになった。少子化対策とあいまって子どもを育てながら働き続ける女性の仕事と生活の調和を求める動きが活発になってきたことによるが、景気回復の本格化を背景に団塊の世代が定年を迎える2007年問題もあり、各社が優秀な人材を確保する必要に迫られてきているという事情がある。加えて、仕事と生活のどちらを優先したいかという問に対し、仕事を優先、どちらかといえば仕事優先を合わせた割合が33.0%であるのに対し、生活を優先、どちらかといえば生活を優先を合わせた割合が47.3%(厚生労働省「仕事と生活の調和に関する意識調査」2003年)という働く側の意識の変化が働き方を変えようとする大きな力になりつつあるといえるのだろう。
思えば、校内暴力や引き篭もり、ニート等、子ども達を取り巻く問題が社会に大きな影を落としているが、こうした問題の背景にも「家庭人としての義務」が大きく関与しているように思える。子どもは親の背中を見て育つというが、今の日本では子どもが親の背中を見る時間すらない。大局的な観点から「三つの義務」を応分に果たせる社会を築いていくことが必要なのではないだろうか。
因みに、2007年4月からは、それ以降に離婚した場合、離婚までの期間に支払った年月分の年金が自動的に折半される夫婦の年金分割制度がスタートする。もう一つの2007年問題への対応、大丈夫ですか。
平成18年2月1日
花巻労働基準監督署長時代
滝澤 成

2006年1月1日日曜日

送電工事

去る12月13日、宮守村で行われている鉄塔建設に伴う仮設工事の現場にパトロールでお邪魔した。工事は、岩手県玉山村にある岩手変電所から宮城県加美町にある宮城変電所に至る184.4キロメートル、この間に453基の鉄塔が建設され、
500キロボルトの送電線が敷設される。平成17年7月に着工して運用開始は平成22年12月というから5年余にわたる工事となる。

伐採現場

パトロールの当日は大雪注意報の出る悪天候。車の轍も消えてしまった林道を慎重に進み、行き着いた先へは長靴でラッセルしながら徒歩で進む。チェーンソウのエンジン音が近くなってやっと現場に到着。現場の班長さんが「ご苦労様です!」と元気よく迎えてくれる。現場の概況を聞きながら、安全管理の状況を見て回る。パトロールに参加したメンバーが「この辺は蔓が多いのかね」と聞くと、すかさず班長さんが「結構多いんですよ。(小指を立てながら)こんな奴でも引っかかっていると伐倒方向が変わったり、跳ねたりするんで、よくよく上の方まで確認してから作業にかかるようにしてます。偏心木も多いし、雪の季節だと木の上の枝で着雪が凍っていて、結構な重さになるんですよ、そうするとそれが荷重になって伐倒方向が変わってしまうということもあるんです。」と言って、伐採予定の木々のそれぞれの性格を細かく教えてくれた。造化の妙というべきなのだろう。一様に見えても木は一本一本独自の個性を主張する。その個性をしっかり見抜き、尊重しながら伐採に当たらなければ事故に繋がる。何も伐採に限ったことではないと思える。現場で出会った班長さんの豊かな経験に裏打ちされた話を聞いて、とても厚い信頼感を感じることができたのは大きな収穫であった。

饒舌な職人たち

しかし、5年間にも及ぶ工事は、まだ緒に着いたばかりである。
ここに、平成3年4月から2年余りをかけて建設された福岡ドームの職長会が工事関係者の手記や歌などを取りまとめた文集「童夢」がある。冒頭の「発刊にあたって」で職長会会長中村工業中村実氏は「我々の建設業では一つの建物が完成すると、それに従事した人々はそれぞれ次の工事へと散り散りになってしまう。これは建設業に従事するものの宿命である。福岡ドームにおいても現在までに携わった九千人の多くはすでに現場を離れ、残るものも来年3月には現場を後にすることだろう。本書は、日本初の屋根開閉式ドーム球場建設という世紀の大イベントに携わった全ての者が、その感動と労働の証を銘記し、散り散りになった後もこれから先の人生の「誇り」と「糧」としていただくことを目的として、各人から寄せられた手記、写真、詩等をもとに編纂したものである。一読いただければ全員が一丸となってこの大事業に取り組んだことを感じてもらえると思う」と結んでいる。
千人の前で語りて恥をかく
ことを勇気と我は思わん
KYを はしょったその日に事故に遭い
永年の単身赴任で我が家には
歯ブラシ下着無く父帰る
中一のわが娘のセーラー服姿
二ヶ月遅れて見る我れ悲し
洗わずにそのまま吊るす黒シャツの
汗の塩地図幽かなりけり
工事が大きければ大きいほど、その進展は遅々として目に見える成果が上がらないものである。そうした地道な作業を営々と続ける姿が目に浮かぶ作品である。

そして、それを支える人たちもいる。
「この前、かぞくで、福岡ドームの見学に行きました。げん場のおじさんが、「ヘルメットをかぶってください。」と言ってひとりひとりにヘルメットをわたしてくれました。ずいぶん歩くと大きい、クレンが外にありました。お父さんに聞くと、それは、ドームより高くのびて日本一だそうでびっくりしました。私は、すわる所を、一周して「ハァハァハァ」と言いながら帰ってきました。わたしは、お父さんがこんな広い所を作るなんてすごいと思いました。一日ここで仕事をしている間どのくらい歩くんだろう。お父さんが帰ってきて「つかれた」と言うのはきっとこのせいなんだとわかりました。きれいに、ドームができた時、もう一度お父さんにつれていってもらいたいです。」(小学校3年生 月成愛華)
今日もまた 夜なべ頑張る 職人さん
汁も熱く 待ってます
真暗の ドーム建設 あの箇所の
光も漏れて 残業おつかれさま
(ドーム食堂のおばちゃん 疇地登代)

語り部を支えるもの

普段は寡黙で多くを語らない人々が何故これほどまでに雄弁になれるのだろうか。多くは縦割りであまり繋がりを持たない職長さん方が、緊密に横の連絡をとったことの功績が大きいのだろう。大規模な工事で横の連携が欠くことができなかったともいえるのかもしれない。しかし、それ以上に球場の完成を心待ちにするダイエーホークスのファンの方々や地域の発展を願う多くの地元の方々の熱い期待が一人一人の作業員の皆さんにも伝わってきたからではないだろうか。「人はパンのみにて生きるものにあらず。」という。自分の仕事が社会的に大きな評価を受けるものであり、それをしっかりと自分の視野に入れたとき、人は計り知れない情熱をその仕事に傾けるものなのではないかと思う。それが自信となり、多くの語り部を生んだように思う。
仕事を行っていく上で一定の技量は欠かせない。しかし、仕事が好きで大きな好奇心を抱いている人、さらには楽しんで仕事をしている人ほど輝いて見えるものはない。
仕事は、同僚、家族そして賄のおばちゃんに至るまで、多くの人々によって支えられている。それらの人々を纏め上げるには、断片的な情報ではなく、そこにある大きな夢を語っていく必要があるように思える。夢の実現に事故は大きな悔いを残すことは当事者のみならず、それを支える人とて同じであろう。鉄塔工事が無災害で竣工できることを祈らずにはいられない。
平成18年1月1日
花巻労働基準監督署長時代
滝澤 成

2005年11月1日火曜日

労働災害と損害賠償

10月18日の読売新聞1面に「労基署の労災報告 民事裁判使用、国に提出義務 最高裁初判断 被害救済拡大に道」との見出しで「労災事故を労働基準監督署が調査した報告書について、労災の被害者が民事裁判で使う目的で提出を求めた場合、国に提出義務があるかどうかが争われた裁判で、最高裁第3小法廷(上田豊三裁判長)は、調査担当者の意見が記載されている部分を除き、国に提出義務があるとする決定をした。」との記事が出た。岩手日報にも同様の記事が掲載されたが、全国紙の1面にこのような記事が掲載されるということは、身近なことではないかもしれないが、社会一般では裁判で損害賠償を争うケースがいかに多いかを象徴しているといえるのだろう。
労働災害で被災した労働者には労災保険から保険金が支給される。しかし、被災労働者の被った損害を、労災保険がすべてカバーしているかというと、最高裁では法定の労災保険について「労働者のこうむった財産上の損害補填のためにのみなされるのであって、精神的損害の補填を含むものではない」(伸栄製機事件 昭41.12.1 最高裁第1小法定判決)と判示しており、労災保険の手続さえ済めば事足れりとは行かない現実がある。

遺族の心情

朝には笑顔で送り出した最愛の家族が夕べには変わり果てた姿で帰ってくることほど理不尽なことはない。遺族の方が、何故そんなことになったのか、どれほど無念な思いを残して亡くなったのか、それを知りたいという思いを抱いたとしても自然な感情であろう。去る10月23日、JR西日本福知山線の脱線事故について、JR西日本が遺族と負傷者に対して説明会を行った模様がテレビを始めとするメディアで報道された。会社側の説明に対して遺族、被災者は「質問にまともに答えていない」「不誠実な対応は変わっていない」と不信の思いをあらわにしたという。遺族、被災者の研ぎ澄まされた目は、会社側の予断を鋭く見抜く力がある。この説明会に象徴されるのと同様の思いが労働災害においても損害賠償の裁判へと向かわせているように思われる。

事故の残したもの

財団法人労災年金福祉協会が労災年金受給者向けに発行している「労災保険 年金のまど」という冊子がある。その106号(2005年1月)の「読者のページ」に静岡県の遺族となられた奥さんが次のような手記を寄せている。
『昭和51年2月9日、忘れることのできない寒い日でした。出張先から二日間のお休みを頂き楽しく過ごし、翌朝、見送った昼過ぎ会社から電話が入り「ご主人が、ちょっと足の怪我をしたので迎えに伺います」と言って切れました。何故か嫌な予感がしましたが、今思えば、前日子どもと安全靴の紐を買いに行き取り替えていました。常備薬も今度は、「もっと遠くへ行くからいらないよ」その言葉が不自然だったなと感じました。
迎えの車で東名高速道を1時間ほど走り、その間、車中で体は震えていました。足がなくても生きていてほしいと勝手な想像をしての願いでしたが、この時は既に命はなかったようです。病院に着いた時は、もうあたりは暗く外来の人もいず、会社の人が5~6人玄関に出迎えていました。私を支えながら、「今、5分ほど前に残念ながら息を引取りました」との言葉でした。その後、長椅子で待つこと1時間、タイル張りの地下室で白布をかけられた主人との対面で、あまりのショックで“お父さん”と叫んだだけのような気がします。子供のことと、先のことが頭をよぎって泣くに泣けず途方に暮れました。一日として看病することなく、ただただ震えが止まらず、トイレばかりいったことを思い出します。そして、空っ風がヒューヒュー音を立てて吹きまくる寒い中での葬儀でしたが、全てが無事終わりました。
学校も始まったものの父なし子といじめられ、又、深夜の無言デンワでずい分悩みました。子どもを送り出しては、仏壇の前で四十九日まで思いっきり泣きました。人と会うのが嫌で出前食にしたこともありました。気持ちを入れ替え心のよりどころにお菓子作りに熱中したこともありました。そして生活のため工業用ミシンの内職を始め、三つの仕事を掛け持ちしました。昼食の時間も惜しく片手にパンといった具合でした。子煩悩だった主人は37歳、ブルドーザーの関係の仕事をしていました。長男4年生、長女1年生でした。私は35歳でしたが、両親も兄弟もなく縋るところもなく、自分を作ることのほうが強かったのです。昼間のうちにできるだけミシンを掛け、夜に手仕事をして夜明かしもしました。今は二人の子どもに支えられ、少しほっとしています。月日が流れ、無我夢中で過ごしたあの頃が、言葉は似合わないかもしれませんが今は“懐かしい”そんな気がするようになりました。女手一つで生きる大変さ、辛さは、他人の口には戸は立てられぬという言葉がありますが、他人の目ほど恐ろしいものはありませんでした。子どもには、早く当時の親の年齢を過ぎてもらって落着いてほしいと思っています。まだまだ、親の気苦労は続きそうです。そして事故のないことを願っています。』

裁判所の判示

手記を書かれた方が損害賠償請求をされたかは分からない。しかし、この方が“懐かしい”と述懐するまでには30年という歳月が必要だったことを思えば、失ったものの大きさは計り知れない。
最高裁判所は、昭和50年2月25日、「自衛隊車両整備工場事件」判決において「安全配慮義務」という労働契約上の労働災害防止義務を判示し、現在では判例法として、安全のみならず健康管理においても、使用者は「労働者の生命及び健康等を労働災害の危険から保護するよう尽くして労働させるべき義務」を労働契約の付随義務として負い、この義務を尽くさず、労働災害が発生した場合には、「債務不履行として賠償責任を負う」ことが承認されている。
損害賠償請求訴訟での裁判所の判断は、労働安全衛生法等関係諸法規を遵守していたかが問われた時代から、「安全配慮」が尽くされたか、その真摯な対応が問われる時代へと移り変わってきていることを指し示していると言えるのではないだろうか。
平成17年11月1日
花巻労働基準監督署長時代
滝澤 成

2005年10月1日土曜日

働きやすい会社

日本経済新聞社が2005年「働きやすい会社」調査を実施し、その結果が9月5日付で発表された(詳細は同日付「日経産業新聞」)。ビジネスマンを対象とした調査では、ビジネスマンが重視している項目として、昨年に引続き「年次有給休暇のとりやすさ」が1位(59.5%)、「実労働時間の適正さ」が2位(44.2%)となった。また、「仕事のやりがい」「適度な労働時間」「高い賃金」のうちどれを重視するかという質問には「仕事のやりがい」が昨年に続いて過半数を占めたが、60.9%から57.4%に減少。逆に「適度な労働時間」が昨年の19.2%から27.7%に急進し17.6%の「高い賃金」を上回った。こうした項目が「働きやすい会社」の条件として上位を占める背景には、有給休暇制度はあってもなかなか休暇が取れない、あるいは労働時間が過長となり家族とともに過ごす時間が制約されているといった労働者がいかに多いかということを物語っていると思う。監督署に寄せられる相談でも、有給休暇に関する事項は多く、労働者本人はもとより、長時間労働で体が心配だという家族からの切実な相談も後を絶たない。

本省勤務

私も若い頃、労働省本省の庶務担当の係長をしていたことがある。5月の連休が明ける頃には、翌年度の予算要求のための作業が始まり、省内の調整が大蔵省に要求書を提出する期限の8月末まで続く。その後は大蔵省や総務庁など査定官庁への説明が予算の大蔵原案が内示される年内一杯続く。この間は、1日の仕事の切りが付くのが深夜2時3時、時には4時頃までかかることもあり、帰りは乗合のタクシーで帰るか幹部の部屋のソファーで仮眠するかといった生活だった。電車の定期は買うことがなかった。高速道路を疾駆するタクシーから朝焼けの街を眺め、家について朝刊に目を通しながら興奮した頭を鎮めるためコップ酒を飲み、それから2、3時間の眠りにつくという毎日だった。寝不足からか、物を考えようとしても頭の芯が痺れるような感じで思考能力は低下していたし、精神的にも変調をきたしていたと思う。思うように仕事が運ばず、上司からよく叱られたが、叱られても反応が鈍っており、それがまた上司の反感を買うという悪循環だった。
家に帰ると、家内はたいていは床について休んでいるが、時折、玄関脇の窓辺に座布団を積んでうずくまったまま、いつ帰るとも当てのない私を待ちくたびれて休んでいることがあった。「帰ったよ」と言って起こすと、うつろな目をこすりながら床に移り、安心して深い眠りにつくようだった。そんな様子がとても不憫でならなかった。
よくそんな生活が続けられたと今でも思う。その頃は「今ここで1日でも休んだら、その後再び出勤できるかどうかわからない」という脅迫感に支配されており、休暇をとっても残した仕事が気になり出勤する有様だった。
そんな憑かれた様な日々であったが、ある日「いつでも辞めればいいんだ」と思い至った途端、急に肩から力が抜け、気分が楽になったことが鮮明に思い出される。

辞めていったキャリア

翌年、幸運にも私はいくらか時間的に余裕のある部署に異動となった。新しい部署の向かいには婦人局という部署があり、法改正の作業で終日灯りが消えることはなかった。それほどは親しくはなかったが、時折挨拶する東大出身のキャリアの係長もそこにいて、改正作業に苦労していた。ある夜、彼とトイレで行き会ったときに「忙しそうだね」と声を掛けた。彼は暫くして「死にたいと思ったことありませんか」と、ポツリと尋ねてきた。彼の心情は以前の部署での経験から手に取るようにわかった。暫く間を置いて、私はそれまでの経験を交えて「いつでも辞めればいいんじゃないの。そんなに自分を追い詰めると心の逃げ場がなくなるよ」と問わず語りに話した。それが彼の心に届いたかどうか分からないが、勤務は相変わらずのまま、時折見かける彼の姿は疲労の色が一層濃くなっていた。
それから2年ほどしてある人の送別会で彼にあった。聞けばあの年の年度末で退職し、現在は経済紙の経営する就職情報の会社で研究員をしているとのこと。新たな活躍の場を得て、顔つきも自信に満ち、穏やかになっていた。

箱根駅伝

箱根駅伝は正月の恒例行事として楽しみにしておられる方も多いと思う。往路復路の2日間、10名20チームで各校伝統の襷をつないでいくレースは、各所に抜きつ抜かれつの波乱を含み、予想もつかない展開がなんとも楽しい。しかし、平成8年の第72回大会では、思わぬ展開にレースの運営自体が社会問題にまで発展した。その大会で優勝候補と目されていた山梨学院大学と神奈川大学が4区で相次いで途中棄権となった。その時の選手と監督の模様は、終始テレビで放映されており、御記憶の方も多いと思う。快走していた選手が急にペースダウンし、程なくコースとなった道路幅一杯にさまようように迷走しはじめる。混濁した意識の中で何とか襷をつなぎたい一心でひた走る選手と、止めるべきか否か判断に苦しむ監督との駆け引きが続く。走り続ければ選手の生命にも関わる事態を招くことにもなる。片や、一度関係者が選手に触れれば、そこで途中棄権となり、襷は途絶える。そんな重苦しい映像が「何で選手を止めないのか」との非難を巻き起こすことになった。
この時の模様は大変鮮烈な印象を残したが、相次ぐ過労死、過労自殺の報道に止まらず、監督署に寄せられる長時間労働の相談に、今の世の中、社長であれ従業員であれ、途中棄権寸前で迷走しているのではないかと思うような働きぶりがとても目に付く。ランニングハイだといって快調に走っている時はよいが、いつも恵まれた情況にいるとは限らない。苦境にあるときにはそのストレスは心身に重くのしかかる。「もう止まれ」と声をかける勇気が今ほど必要なときはないと思う。止めずに走らせ、心身に異常をきたせば社会的非難が待っている。
箱根駅伝では、この事件を教訓に、第79回大会からエントリー選手の数を増やすこととした。以後、途中棄権の事態は発生していない。会社にあっても、この教訓を生かす手立てはないものだろうか。
平成17年10月1日
花巻労働基準監督署長時代
滝澤 成

2005年9月1日木曜日

私の父は、明治45年、長野県の片田舎の小学校教員の次男として生まれた。明治生まれだからか、早くに母親を亡くし男手一つで育ったせいか、堅物で真面目な人であった。宝くじが唯一の賭け事であり、ニュースはNHKしか見なかった。趣味と言えばアンチ・ジャイアンツとして野球をテレビ観戦する位、日曜日の朝にNHKの政治討論会を見ることを欠かさなかった。
私がまだ小学生だった頃、友達と草野球をして帰る時、悪童の一人が負けた腹いせに私めがけて石を投げた。それが運悪く私の頭に当たり、3針ほど縫う怪我をした。遊び場だった米軍キャンプ跡には蒲鉾兵舎が残されており、そこが飯場になっていたのだが、兵舎にいたおばさんが怪我をした私を見てオキシフルとガーゼで応急処置をしてくれた。今の親なら「うちの子に何ということをしてくれたのか」と怪我をさせた子の家にねじ込むのが相場かもしれないが、父は、怪我をさせた方は構わず、次の休みの日に菓子折りを買ってきて手当をしてくれた方に御礼をするから案内しろと私の手を引いて兵舎を訪ねた。そんな律儀な父親であった。

中小企業の役員

父は、戦前は財閥系の商社に勤務していたが、戦後は疎開先の長野から旧知を頼って上京し、東京の下町で望遠鏡を製作する小さな会社の役員の職に就いていた。オーナー社長は会社の経営を父に委ね、父も小とはいえ、城代家老として精勤していた。昭和40年代前半までは、対米輸出を中心として会社の経営は安定していたが、昭和46年のドル・ショック以降、会社の経営は困難の度合いを深めていった。そんな折、オーナーが亡くなり、会社は資金的な後ろ盾を失った。父は子供の前で会社の経営状況のことなど口にしなかったが、帰宅が遅くなり、夜中にうなされている様を見れば、子供心にもただならぬ状況にあることは察しがついた。片手間であった母の洋裁の内職も日がな一日続くようになり、スカート一枚を縫って数百円の仕事に夜なべを繰り返していた。やがて父は、それまで終の棲家を得るためにこつこつと積み立てていた住宅公団の債権を手放した。まだ幼かった私を連れて、着工間もない千葉県松戸市の現地に様子を見に行った時の、夢を手に入れる喜びに頬を緩めていた父の顔が思い出されて悲しかった。ささやかな夢を犠牲にして得た資金とはいえ、一介のサラリーマンが調達できる金など経営を立て直すにはほど遠いものでしかなかったであろうことは想像に難くない。窮状は従業員の賃金遅配にまで及んでいたようであった。

新たな経営者

やがて奔走の甲斐あって会社は新たなオーナーを得ることができた。疲れた父の顔に安堵とともに自分の力が及ばなかったことに対する挫折感を感じたのは、必ずしも外れていないと思っている。会社の先行きに展望が開けた頃、珍しく酔って帰った父が、まだ学生であった私を相手に「人間、真面目だけじゃだめだ・・・」と一言漏らしたのを忘れることができない。時代の荒波に敗れ、自力での再建を断念せざるを得なかった無念さが、生真面目な父をして語らしめた一言のように思うが、再びそうした言葉を父の口から聞く事の無かったことは、私にとって幸いなことだと思っている。

監督官となって

監督官となってこれまで幾多の賃金不払事件を担当した。高利の資金に手を出して家族ともども夜逃げをしたもの、会社の現状を正面から捉えず当てのない事業計画に心酔して従業員の離散を招くものなど様々な対応を見てきた。監督署の立場からすれば、他の如何なる債務より優先して労働者の唯一の生活の糧である賃金の早期支払いを求めるものではあるが、事業の継続の可能性という観点からの判断にはいつも悩まされる。多くの善良な経営者は、私財を投げ打ち、家族もろとも路頭に迷う危険を賭して事業の継続と発展に最善を尽くしており、その様子をつぶさに語る経営者に出合うと、思わず父の顔が重なって見えてくる。
窮状に陥った経営者は時として客観的に現状を判断する能力を失っていることも多い。普段、取引をしている銀行や信用金庫が融資を渋るようになったら危険な兆候である。「銀行は晴れているときには傘を貸してくれるが、雨が降ってきた時には傘を貸してくれない」とか「銀行には日傘しか置いていない」とも言われるが、利息を含めて返済してもらうことで銀行は成り立っている。その銀行が融資を断るということは、プロの目から見て、その企業にそれだけの力が残されていないという判断をしていることであり、私達も、あえて会社を整理するよう進言することも少なくない。儲け話の口車に乗ったり、「次こそは一山」と賭けに出たりするようになれば、経営者自身泥沼に身を沈めるようなものである。

供花

父は、その後も役員に留まり、古参の従業員を縄のれんに引き連れてはその不満をたしなめ、定年を過ぎても顧問として陰ながら応援し、常に黒子として尽力していた。引退してからも、何くれとなくやってくる後継者達の話に耳を傾けていた。会社の行く末が最後まで気になっていたようである。
そんな父も病を得て3か月の闘病の末に亡くなった。葬儀には父を頼りに最後まで残った従業員の方がたが参列し、花を手向けてくれた。遺影を囲む生花の中に会社の名前が記されていた。ほかのどの生花よりも父の人生を象徴するものであり、父もまた何よりも喜んでいるように思われた。
父が鬼籍に入って6年が過ぎた。引退後を過ごした長野県上田市の外れに戦没画学生の絵画を展示した「無言館」という美術館があり、父と連れ立ってある夏訪ねた。館内を黙って一巡した後、父はそこの画集を一冊求め、帰り際に私にくれた。戦時中、さまざまな出来事があったであろうが、それを語ることなく、この1冊に込めたのだろう。多くを語ることの無かった父であるが、自分自身、時を経てその年齢に近くなってくると、その足跡がことあるごとに語り掛けてくるように思える。自分の生き様を一番理解してもらいたかったのは、その子供たちであり、その思いを聴き取ることができるのも、親子であるが故なのだろう。
平成17年9月1日
花巻労働基準監督署長時代
滝澤 成

2005年8月1日月曜日

プレスの事故


金属加工用プレスで左手の人差し指と中指を切断するという事故があったとの報告があり、事故のあった工場を訪ねた。工場には金属加工用のプレスが整然と並び、どの機械にも作動中に金型に手を近づければ自動的に機械が停止する光線式の安全装置が取り付けられていた。会社の方に案内されて事故のあった機械を見せてもらった。1988年製、圧力能力45トン、フリクション式クラッチの汎用プレスで、この機械にも光線式の安全装置が取り付けられていた。それなのに、なぜ事故は起きたのか。
事故は、プレス作業主任者が新しい金型の取付け・調整を終了し、一般作業員が試し打ちを開始したときに発生した。安全装置のキースイッチは、作業主任者が金型取り付けの調整作業を行うために「切」に切り替えられ、その後スイッチが切り替えられることなく「切」のままにされ、キーも抜かれていなかった。一般作業員は、安全装置のスイッチの状態を確認することなく作業を開始、試し打ちの際に上型から離れなかった製品を取り外すため金型の間に手を入れ、この時点、足踏み式のスイッチを思わず踏んでプレスを起動させてしまったというのが災害発生に至る流れであった。
この工場で使用されていたプレスには、起動装置が「足踏み式」のものと、起動時に金型から手が離れなければ操作できないよう、機械の前面に両手で起動させる釦スイッチが取り付けられており、この「両手操作式押し釦」は、起動装置の役目ととに安全装置としても機能する仕様となっていたが、この会社では起動装置は常態として「足踏み式」を使わせ、二重の安全装置を機能させることができるのに、光線式の安全装置のみで作業を行わせていた。起動装置を「両手操作式」にしておけば災害の発生は防げたものと悔やまれた。

活かされなかった情報

責任者の方から、工場での安全衛生体制などについて話を聞く中で、プレスの特定自主検査の記録を見せてもらった。8ヶ月ほど前に実施された特定自主検査は、プレスメーカーの系列に当たる検査業者によって行われていた。記録は、検査の実施日ごとに一纏めにされ、機械毎には綴られてはいなかった。検査の記録というのは、病院でいえばカルテのようなもの、一台ごとに綴っておけば機械の経年変化も把握できるのにと思いつつ、事故のあったプレスの記録を繰った。
A4版で10枚くらいにはなろうかという検査記録のほとんどは、法定の検査項目に関する結果が並んでいるが、1枚目には検査結果をAからDまでにランク付けした総合評価とともに、補修項目の一覧と検査担当者から見た所見が11項目にわたって記載されていた。
責任者の方に「この検査記録、ご覧になったことありますか」とたずねると、「検査の結果、部品の交換とか修理が必要な箇所については、メーカーの方から見積書が送られてくるので、それで修理をお願いしているが、検査の記録については、記録として残しておくだけで、目を通したことは正直に言ってないです」との返事であった。
検査記録の検査担当者の所見欄には次の事項が記載されていた。
  • 各種の切り替えキースイッチを作業者が勝手に操作できないよう作業主任者がキーを保管してください。(安衛規第134条-2)
  • 本機の安全装置のキー管理がされていません。作業者の安全を守るため、安全装置のキーは作業主任者が必ず保管してください。
  • 足踏み操作は危険です。両手押釦操作式に切り替える改善をして下さい。
(プレス災害総合対策)
プレスの災害は、必ずと言っていいほど後遺障害を残す。プレスによって潰された手指は、手術によってつなぐこともできないければ、再び生えてくることなどありはしないのだから。それだけに、検査担当者が書き残した警告が活かされなかったことが残念でならない。

氾濫する情報

現代は情報社会と呼ばれる。在来のテレビや新聞等の他に、衛生放送の契約をすればチャンネル数は格段に増える。パソコンのインターネットを使えば、キーワードを入力しマウスをクリックするだけで膨大な情報がたちどころにディスプレイ上に現れる。業界紙誌に各種のダイレクトメール。放っておけば机の上は雑多な情報の山と化す。溢れる情報に追いまくられる様は、チャップリンの「黄金狂時代」を髣髴とさせ、ともすれば悲しくもあるが、それが現代に生きる姿なのだろう。
人の持てる時間には限りがある。限られた時間の中で、この溢れる情報の中から真に必要な価値ある情報を把握し、活用していくかは、常に、安全や衛生あるいは労務管理に関して問題意識をもって情報に接していく方法以外ないのではないかと思う。
先のプレス災害を発生させてしまった会社でもそうなのだと思うが、発注書から納品書、請求書といった企業運営に必要不可欠な書類を見落とすことはないであろうが、当座こなさなければならない情報から遠ざかるに従ってそこにある情報は省みられること無く消失していってしまっているものとおもう。会社のリーダーとして従業員の安全が大切であるとの認識を疑うわけではないが、厳しさを増す一方の取引条件に気を使わざるを得ず、氾濫する情報の中から職場の安全や衛生などに関する価値ある情報を的確に把握する余裕も感性も失ってしまっているように思えてならない。
けがや病気になってからでは遅い。特定自主検査のみならず、作業環境測定や健康診断の結果など、職場の環境の改善に必要な情報を見過ごしていないか、今一度見直しをしてもらいたいと思った災害だった。

監督署と情報

花巻署の館内にはおよそ1万2千の事業場がある。これに対して所の職員は13名。必要な情報を提供することは困難を極める。適切な情報が提要できれば、災害も未然に防ぐことができるだろうし、労使間の争いも減少するだろうと思うと忸怩たるものがある。せめて、皆さんが「こんな時はどうすればよいのだろうか」と思った時、情報の集積場所として監督署を気軽に利用していただければと思っている。
平成17年8月1日
花巻労働基準監督署長時代
滝澤 成

2005年7月1日金曜日

ハンドル式の汎用旋盤


先日お邪魔した工場でハンドル式の汎用旋盤にお目にかかった。その工場では、自社で開発した技術を駆使して、様々な電気製品を世に送り出している。工場の中は、最新のマシニングセンターやタレットパンチ、もちろんコンピュータ制御のNC旋盤も所狭しと並んでいる。そんな中にあって、よく手入れされたハンドル式の汎用旋盤が「今だ現役!」を主張するように輝いて、一群の機械の一角を占めていた。案内してくれた担当者に「珍しいですね」と声を掛けると、一瞬照れくさそうな様子だったが、誇らしげに「技術を伝えていくためにわざと残してあるんです」との答えが返ってきた。NC旋盤を始めとする数値制御の工作機械が普及してきたのは、もう四半世紀も前のことだろうか。私もこの仕事に入って間もなくの頃、金属加工の工場へ行ってはこのハンドル式の汎用旋盤をよく見たものである。バイトがワークに当たると、ピーンという音と伴にその先から僅かに煙が上がり、切削油のこげる臭いがあたりに漂う。玉虫色の切子がまるで生き物のように刃の先で踊っていた。旋盤工の両の手を使った巧みなハンドル捌きは、職人と呼ぶに相応しく、材料を見つめる様子にはどこか威厳があった。

後世に伝えるもの

この機械の前で、先輩と後輩、新入社員は、どんな会話をするのだろうか。
「戦後間もない町工場に入って、先輩の旋盤職人から、『刃物の切れ味を聞いておきな』といわれた。切れ味を聞いておけ、とは実に味わい深い言葉であったと、いまでも思う。この教えは、その後の五十年余りの旋盤工職人生活でも、ずっと生かされてきた。わたしは後半生の二十五年間はコンピュータ制御のNC旋盤を使ってすごした。その機械はハンドルがない。機械はすべてコンピュータで制御されるので、動き始めれば加工が完了するまで、機械に手を触れることはない。ほとんどの場合、加工中は機械にカバーを掛けてしまうので、バイトが鉄を削るようすを目で見ることもできない。しかし、切れ味を耳で聞くことはできた。切れ味がよければ、切削音は澄んでいる。
1980年代になって、ME化された工作機械が主力になると町工場にもそれまでとはちがう機械工が増えた、彼等は、わたしたちのような見習工時代を経験していはいない。バイトを火造るどころか、研ぐこともできない。その代わりコンピュータ・プログラムやそういう機械の操作だけは、ひととおり憶えている。機械のマニュアルを憶え、プログラムができれば、鉄を削ることはできる。
あるときそういう機械工が使っている機械から、異常な音が聞こえ始めた。明かに刃物が切れなくなった音であった。見ると、彼は何の疑いもなくマシニングセンタというその機械の脇に、ぼんやりと立っていた。たまりかねた年配の職人の一人が駆け寄って、注意したのでことなきを得たが、そのままだったら刃物が折れ、加工品はオシャカになるところだった。
職人が私のところにやってきて言った。
『この世の物とも思えない音がしてるって言うのに、あいつは、どこ吹く風っていう顔して突っ立ってるんだものなあ』
そんな光景は、当時めずらしいものではなかった。熟練工に耳には“この世のものとも思えない”異常な切削音でも、若い機械工には、工場の雑音としか感じとれなかった。彼は機械のマニュアルに従ってこういう材質の鋼ならどのくらいのスピードで削れるということを知ってるし、そのプログラムをして機械を動かせば、それで削ることができると信じていたから“どこ吹く風”だったのにちがいなかった。」(小関智弘著「職人学」講談社刊)
恐らく、この会社ではこんな光景にお目にかかることはないのだろう。自分を育んでくれた機械を前に、先輩から後輩へと技術が伝承されていくのかと思うと、何となく嬉しくなった。古い機械を大事にとっておき、それを使って次の世代を育てる。そんな会社の親心が、独創的な製品を生み出す源泉になっているように思われた。

経験を伝承する

今、団塊の世代が大量に退職する時代を迎え、大手製造企業を中心に、いかに技術を伝承していくかが大きな問題となっている。問題意識を持っているのは限られた会社であるかもしれないが、社会全体で見たとき、その技術や経験が途絶えることは、企業の大小にかかわらず、後の世代全体にとって、大きな損失になることは明らかであり、これを伝承するために要する人件費は、消極的なコストではなく、積極的な投資なのだろうと思う。
旧聞になるが、去る3月29日の岩手日報に「職人育成 始めの一歩」と表題された記事が掲載された。北上市内の金属加工の事業場が市、職業訓練協会、工業高校機械科の連携のもとに、就業予定の高校生に汎用旋盤の使い方などの技能訓練をしたとのこと。事業場の担当者は「ものづくりの基本となる手作業の原理原則を学んで欲しいと思った」と語り、工業高校の先生も「手作業の基本が分からないと、コンピューター制御も使いこなせない」とその必要性を述べている。参加した高校生にとっては技量の差やその厚みを痛感する貴重な体験になったことと思う。先輩から学ぶことは多い。時が過ぎて、勤務時間の後に、酒を酌み交わしながら、正規の時間では語られることのない失敗談の数々も語って聞かせ、型どおりの教育の行間を埋めてくれたらと思うのは高望みであろうか。正解を導く方法ばかり聞かされていても、現実で生じる困難な事態に対処する能力は容易には育たない。失敗こそ語り継ぐべき何よりも貴重な財産だと思うのだが。
最近は職場の仲間同士でお酒を飲む機会も少なく、世代間のコミュニケーションの場がなくなってきた。職場での今は語られるとも、時代の変遷とともに生起した様々な出来事は埋もれ、語られることもない。職業人生の喜怒哀楽が、語られることなく、その人間と共にその職場から消えていくのかと思うと、少し寂しい気がする。
NHKの「プロジェクトX」が多くの視聴者の共感を得ているようであるが、その理由は、今まで語られることのなかった個々人の思いにスポットライトを当てたからではないのだろうか。


平成17年7月1日
花巻労働基準監督署長時代
滝澤 成