送電工事

去る12月13日、宮守村で行われている鉄塔建設に伴う仮設工事の現場にパトロールでお邪魔した。工事は、岩手県玉山村にある岩手変電所から宮城県加美町にある宮城変電所に至る184.4キロメートル、この間に453基の鉄塔が建設され、
500キロボルトの送電線が敷設される。平成17年7月に着工して運用開始は平成22年12月というから5年余にわたる工事となる。

伐採現場

パトロールの当日は大雪注意報の出る悪天候。車の轍も消えてしまった林道を慎重に進み、行き着いた先へは長靴でラッセルしながら徒歩で進む。チェーンソウのエンジン音が近くなってやっと現場に到着。現場の班長さんが「ご苦労様です!」と元気よく迎えてくれる。現場の概況を聞きながら、安全管理の状況を見て回る。パトロールに参加したメンバーが「この辺は蔓が多いのかね」と聞くと、すかさず班長さんが「結構多いんですよ。(小指を立てながら)こんな奴でも引っかかっていると伐倒方向が変わったり、跳ねたりするんで、よくよく上の方まで確認してから作業にかかるようにしてます。偏心木も多いし、雪の季節だと木の上の枝で着雪が凍っていて、結構な重さになるんですよ、そうするとそれが荷重になって伐倒方向が変わってしまうということもあるんです。」と言って、伐採予定の木々のそれぞれの性格を細かく教えてくれた。造化の妙というべきなのだろう。一様に見えても木は一本一本独自の個性を主張する。その個性をしっかり見抜き、尊重しながら伐採に当たらなければ事故に繋がる。何も伐採に限ったことではないと思える。現場で出会った班長さんの豊かな経験に裏打ちされた話を聞いて、とても厚い信頼感を感じることができたのは大きな収穫であった。

饒舌な職人たち

しかし、5年間にも及ぶ工事は、まだ緒に着いたばかりである。
ここに、平成3年4月から2年余りをかけて建設された福岡ドームの職長会が工事関係者の手記や歌などを取りまとめた文集「童夢」がある。冒頭の「発刊にあたって」で職長会会長中村工業中村実氏は「我々の建設業では一つの建物が完成すると、それに従事した人々はそれぞれ次の工事へと散り散りになってしまう。これは建設業に従事するものの宿命である。福岡ドームにおいても現在までに携わった九千人の多くはすでに現場を離れ、残るものも来年3月には現場を後にすることだろう。本書は、日本初の屋根開閉式ドーム球場建設という世紀の大イベントに携わった全ての者が、その感動と労働の証を銘記し、散り散りになった後もこれから先の人生の「誇り」と「糧」としていただくことを目的として、各人から寄せられた手記、写真、詩等をもとに編纂したものである。一読いただければ全員が一丸となってこの大事業に取り組んだことを感じてもらえると思う」と結んでいる。
千人の前で語りて恥をかく
ことを勇気と我は思わん
KYを はしょったその日に事故に遭い
永年の単身赴任で我が家には
歯ブラシ下着無く父帰る
中一のわが娘のセーラー服姿
二ヶ月遅れて見る我れ悲し
洗わずにそのまま吊るす黒シャツの
汗の塩地図幽かなりけり
工事が大きければ大きいほど、その進展は遅々として目に見える成果が上がらないものである。そうした地道な作業を営々と続ける姿が目に浮かぶ作品である。

そして、それを支える人たちもいる。
「この前、かぞくで、福岡ドームの見学に行きました。げん場のおじさんが、「ヘルメットをかぶってください。」と言ってひとりひとりにヘルメットをわたしてくれました。ずいぶん歩くと大きい、クレンが外にありました。お父さんに聞くと、それは、ドームより高くのびて日本一だそうでびっくりしました。私は、すわる所を、一周して「ハァハァハァ」と言いながら帰ってきました。わたしは、お父さんがこんな広い所を作るなんてすごいと思いました。一日ここで仕事をしている間どのくらい歩くんだろう。お父さんが帰ってきて「つかれた」と言うのはきっとこのせいなんだとわかりました。きれいに、ドームができた時、もう一度お父さんにつれていってもらいたいです。」(小学校3年生 月成愛華)
今日もまた 夜なべ頑張る 職人さん
汁も熱く 待ってます
真暗の ドーム建設 あの箇所の
光も漏れて 残業おつかれさま
(ドーム食堂のおばちゃん 疇地登代)

語り部を支えるもの

普段は寡黙で多くを語らない人々が何故これほどまでに雄弁になれるのだろうか。多くは縦割りであまり繋がりを持たない職長さん方が、緊密に横の連絡をとったことの功績が大きいのだろう。大規模な工事で横の連携が欠くことができなかったともいえるのかもしれない。しかし、それ以上に球場の完成を心待ちにするダイエーホークスのファンの方々や地域の発展を願う多くの地元の方々の熱い期待が一人一人の作業員の皆さんにも伝わってきたからではないだろうか。「人はパンのみにて生きるものにあらず。」という。自分の仕事が社会的に大きな評価を受けるものであり、それをしっかりと自分の視野に入れたとき、人は計り知れない情熱をその仕事に傾けるものなのではないかと思う。それが自信となり、多くの語り部を生んだように思う。
仕事を行っていく上で一定の技量は欠かせない。しかし、仕事が好きで大きな好奇心を抱いている人、さらには楽しんで仕事をしている人ほど輝いて見えるものはない。
仕事は、同僚、家族そして賄のおばちゃんに至るまで、多くの人々によって支えられている。それらの人々を纏め上げるには、断片的な情報ではなく、そこにある大きな夢を語っていく必要があるように思える。夢の実現に事故は大きな悔いを残すことは当事者のみならず、それを支える人とて同じであろう。鉄塔工事が無災害で竣工できることを祈らずにはいられない。
平成18年1月1日
花巻労働基準監督署長時代
滝澤 成